控訴趣意書は控訴審審理の出発点であり、被告人にとっても裁判所にとっても重大な関心事である。これは石井「刑事控訴審の理論と実務」の一節を要約したものであるが、誰にしも明らかな事理であろう。
控訴趣意書の作成に当たっては、原審の経過や記録を精査することは勿論、新たな証拠開示や調査などを可能な限り行い、その上で再度、控訴審におけるケースセオリーを構築して裁判所と対峙することになる。控訴趣意書を見切り発車で提出したり、最終のケースセオリーを確立させる前に小出しにしていくようなことがあってはならないことは、初歩の初歩というべきだろう。

さて、現在、名古屋高裁刑事第2部(松田俊哉裁判長)に係属中の事案で、弁護士会照会の一部が未着であることや検察官の証拠開示対応が未了であること等を挙げて控訴趣意書差し出し期限の延長を申し立てたものがある(二度目の延長申立)。
これに対し裁判所は、「延長はしないが、必要な弁護士会照会回答が未着の点は第1回公判期日までに補充を検討頂きたい」趣旨を回答してきた。
必要な弁護士会照会回答が未着であると分かっているなら、(第1回公判期日を際限なく延期するようなことはもとより慮外として)指定された第1回公判期日を空転させない程度の延長はあって然るべきところ、それは「補充」で対応しろと言われても、困る。

そこで、「比喩的にいうならば、『100のピースから成り立つパズル』を『80ピースで組み立てろ』というに等しく、あらゆる証拠を矛盾なく説明出来るケースセオリーの確立を本質と捉える現代の刑事弁護に対する理解を甚だ欠くものである。」として再考を求めた。

すると、それへの回答がこうである。
「弁護士照会の回答が無い状態で、控訴趣意書を出していただくほかないのですが、期限までに提出していただいた控訴趣意書に矛盾が生じたとしても、控訴趣意補充書という形で提出していただいて結構です。」

「控訴趣意書に矛盾が生じたとしても、控訴趣意補充書という形で提出していただいて結構です」とは、何事だろうか。
年間「呆れた裁判官の言動大賞」があれば、立候補資格は十分ある。

弁護人の控訴趣意書が前後矛盾してようとなんでも構わないからとにかく出しておけと、これほどまでに虚仮にされたことはなかなか記憶にない。
何を出そうと取り合わないよ、という姿勢が見え透けている(この2日間で、同部から控訴棄却判決を2件、受けたが、どちらも、「利益原則を知ってますか?」という判決だった。通底するものがあると思う。)。

(弁護士 金岡)