司法試験受験時代、西山記者事件等を学ぶ過程で、国家が隠そうとする情報をメディアが粘り強く取材し明るみに出すことの正当性を信じて疑わなかったものだが、攻守代わって所謂「リーク」即ち捜査機関等による恣意的な情報操作を目の当たりにすると、これが国家公務員法100条違反にならないのはどうしてだろうかと首を傾げざるを得ない。

初回接見において依頼者が気にかけることの一つは、報道されないか、ということである。捜査機関や記者クラブに申し入れるには時既に遅しと言うこともあるし、まだ報道されていないとして、「リーク」若しくは報道しないように申し入れることが功を奏するという実感もない。(捜査機関による「リーク」基準すら不明な現状では)およそ、こちら側からは為し得るところがないに等しい。
一度報道された場合の被害は、言うまでもなく甚大である。どう不起訴になろうと取り返しが付くものではない(信用取引の局面では勿論、ウェブ検索が容易な昨今では常に誰にでも知られうる過酷な状況に置かれる)が、「リーク」した捜査機関や報道機関は償いを付けようとすらしない。
結局、やられたい放題である。せめて、捜査機関の「リーク」の恣意性、違法性を画する基準があり、適切に処断され得るなら、少しは抑止力になると思うのだが、現状、そのような動きは見られない。

先日、たまたま某局が報道した「オウム信者と捜査官 サリンを巡る攻防秘話」を見たが、要するに、本来は取り調べを担当しない科学捜査官が、ある「(科学方面担当の)オウム信者」を連日、長時間、取り調べて黙秘をやめさせることに成功した、というような粗筋である。退官した当該捜査官自身がその経過を得々と説明していた。
勿論、肯定的に報じられていたのだが、刑事弁護に携わる身としては、嗤えるというか腹立たしいというか、どうしようもない代物である。
客観的な検証のしようもない取り調べ実態(なにしろ、取り調べを受けた側には最早、反論しようもない)を一方的に美談に仕立て上げる悪質さもさることながら、退官後であろうと守秘義務を負う取り調べ実態を電波に乗せて公開するという・・その犯罪行為を誰も咎め立てしない(当然、捜査機関は一味であろう)。
なんともやりきれない思いをした。

(弁護士 金岡)