本欄本年9月3日に引き続き、「確定を執行猶予期間満了後に遅らせることを狙う弁護活動」の刑事弁護倫理的な問題について検討する。

前回(1/2)の検討で、このような弁護活動は不当と言えないばかりか、正当と言うべきものと結論付けた。それでも感覚的に刑事弁護倫理的な問題があるとすれば、例え目的が正当であっても、「濫上訴」「訴訟遅延」と誹られるように、その手法がともすれば乱暴だという印象を与えるからであろう。
高橋氏の講演録を援用したように、「ある程度裁判所をごまかして」「多少細工して」までの手法が許容されるとして、そもそも「ごまかし」「多少細工」とは何なのか、それと「うそをつく」こととの線引きは何なのかも、判然としない。

まず、【1】「濫上訴」という言葉自体を検討対象にする。刑法26条1号について確定説を採用した最高裁判例に関しては幾つも解説が出されているが、執行力説を採用した原審について、濫上訴防止の観点からは理があるとも評価されているところである。
ここで「濫上訴」とは、専ら確定を阻止するためだけの、理由無き上訴を言うものと解されるが(理由がなければ上訴してはいけないという法はないと思う)、そもそも、確定を執行猶予期間満了後に遅らせることが弁護活動上、正当なのであれば、専ら確定を阻止するためだけの上訴が「理由無き」「濫りなもの」と評価されることが奇異である。
特に、前刑が求刑通りの執行猶予という相対的に重めの刑期である場合、現行法上、相対的に重めの刑罰が加算されるか、確定を阻止して取り消しを免れるかしかないのであれば、前者を争うことは当然の権利と言わざるを得ないから、二者択一の後者の弁護活動を展開することを否定することは不可能である。
このように、専ら確定を阻止するためだけ=理由がない、ではなく、専ら確定を阻止するためだけ=正当な理由がある、という図式を前提とすれば、濫上訴という議論の立て方自体が間違っている。

関連して、【2】同じく「理由無き」と誹られそうな類型として、①証拠開示を丁寧に行い、②証人尋問に持ち込むために不同意意見を述べる、というようなものはどうだろうか。議論の素材として言うなら、「争いのない覚醒剤自己使用事件」なるもの(があるとして)について、緊急逮捕手続書や鑑定書まで悉く同意しない、で、証人尋問に進み、「反対尋問はありません」で終わる、ような弁護活動を想定してみる。
この点、緊急逮捕手続や薬物鑑定の証明力は、本来、厳密に吟味されるべきものである。例え本人が自己使用を争わず緊急逮捕に不服がないとしても、弁護人は、前者の適正手続や後者の科学性を検証する義務があることは言うまでもない。私に言わせれば、「争いのない覚醒剤自己使用事件」で、①に関して、捜査報告書の開示を受けなかったり、鑑定データの開示を受けなかったり、というのは、特段の事情がない限り、手抜き弁護の誹りを免れないと考えている。
したがって、例え主観がどうであれ、①証拠開示を丁寧に行うことは、弁護活動の基本に属するから、(いかなる主観かに左右されず)不可避にやるべきであり、そこに刑弁倫理的な問題は生じないと思われる。
また、②不同意意見についても、実務的には不同意意見の方が例外的に映るかの如くであるが、刑訴法上、同意意見が例外的に属する。依頼者の利益になるなら同意権を行使することが正当化されるのであり、利益になるわけでもないのに同意権を行使し、つまり反対尋問権を放棄してしまう方が問題行動である(証拠意見の述べ方は、必須項目である割に体系立てた研究がなされていないが、基本は、理由がない限り同意しない、である)。
不同意意見の上、例え反対尋問すべきことが特にないとしても、「主尋問で自滅する」ということはあるし、そうなればそれが刑訴法上の真実として正当な弁護活動の成果物となるのだから、結果的に「反対尋問はありません」で終わることが批判されるのはおかしい。
このようにみれば、やはり例え主観がどうであれ、②不同意意見を述べることも弁護活動の基本に属するから、別段、刑弁倫理的な問題は生じないと思われる。
なお、前掲高橋氏は、御自身の弁護人としての経験談として、「単純な万引きの現行犯事案」で、依頼者が確定を免れるため、「事実を否認し」「証人調べに入ること」を求めたが、「現行犯逮捕されているんだから、それはできない」と断った、ということを述べられている。後述の「うそをつかない」問題に関わるので、「事実を否認」することができないことはまだしも、何故、高橋氏が「事実を認め」若しくは黙秘権を行使した上で、証拠同意せず、証人尋問に駒を進めなかったかは、疑問である。氏の立場からすれば、後者のように進める義務があったと思われるところである。

これに対し、【3】私選弁護人が専ら確定を阻止するためだけに辞任するとか、私選国選を問わず期日を遅延させるために出廷しない、というのは、どうだろうか。
例え確定を執行猶予期間満了後に遅らせることが正当な弁護活動だとしても、違法な行為まで許容されるわけではなく、真に辞任するつもりがないのに辞任することは、辞任権の濫用として違法になり得ることから、刑弁倫理違反になり得る。尤も、辞任権の濫用といえるかの線引きは難しい。確定を阻止することを阻止しようと、裁判所が、弁護人の差し支え意見や防御準備、証拠開示のための必要期間を無視して期日指定してくるような場合は、責任を持った弁護活動自体が不能になる以上、辞任権の行使は許されよう。確定阻止が正当な弁護活動である以上、そこに限界をもうけることは慎重でなければ、被告人の防御が損なわれることに留意が必要である。
期日不出頭も、殆ど同様に考えられそうである。指定された期日を、変更させることなく出頭しないことは、明らかに職務規範違反の違法になり得る。他方で、その指定に、前叙のような裁判所の無理矢理な訴訟指揮がある場合に、責任を持った弁護活動自体が不能であるとして不出頭を選択することは、許される場合があると考えなければならない。

更に、【4】嘘をつく問題。いかなる理由があれ、嘘は許されない。(我々は、裁判所を含め公権力が屡々、嘘をつくことを経験するが、同じ水準に身を堕とすべきではない。)
例えば、前掲高橋氏のように、証人尋問に持ち込みたいが為に依頼者が虚偽に否認するというならば、消極的真実義務違反になる可能性も踏まえ、それをやめるよう、自己負罪を拒否する(黙秘にとどめる)よう説得しなければならないと考える(そして、依頼者が説得を聞かなかった場合、これは別の刑弁倫理的に著名な問題なので後日の検討にしたいが、否定も肯定もしない立ち位置から、少なくとも依頼者の目的を害しない弁護活動を展開すべきである)。
また、期日指定を免れるために、虚偽の差し支えを主張する、というのも、頂けない。前掲高橋氏は、多少の細工や誤魔化しを否定しないが、もし、「一度くらい、嘘の差し支えで期日を先送りする」程度を許容する趣旨なら、私は賛同しない。他方、既に述べたとおり、基本的な刑事弁護活動の履践には時間を要することから、確定阻止を阻止しようと無理矢理な訴訟指揮をしてくる裁判所に対し、「弁護活動のための時間が不足している」として(物理的には出頭可能であっても、準備期間不足という意味合いで~差し支え理由の明示義務はない~)期日に差し支え意見を述べることは正当である。

以上、専ら確定を阻止するためだけであっても正当な弁護活動であるが、その手法が乱暴ではないかとの印象を与えかねない点に留意して、典型的な場面を検討した。
被告人自身が行って良いこと・悪いことと、刑事弁護人が行って良いこと・悪いこととは、部分的には重なるが、部分的には重ならない。刑事弁護人は、独自の立場から、弁護活動の正当性、倫理違反等を峻別しなければならないが、簡単に言えば、違法若しくは濫用に亘ると評価され得る行為は、正当化すべき特段の事情の有無に特に注意を払うこと、及び、嘘はいけない、ということに尽きるだろう。他方で、現行法の二者択一の状況下では、相対的に重い前刑取消を争うべき以上、確定を阻止するしかないことから、それ自体を躊躇する必要はないし、その場合に、敢えて証拠開示や反対尋問を省略してしまうのではなく原則的、基本的な刑事弁護に徹することを躊躇する必要もない、ということになる。

本題は以上である。
ところで、文中にあるとおり、法制審は現在、前刑の執行猶予期間満了後に前刑取消を行うことを可能にするための刑法改正方針をとりまとめている。
(取りまとめ案)
https://www.moj.go.jp/content/001329766.pdf
これによれば、前刑の執行猶予期間満了前に後行事件の公訴提起がされたことを条件とすること、及び、取消手続は後行事件の確定後、一定期間内に行うことが条件付けられる方向であるが、法制審でも指摘された、前刑が相対的に重い刑期を選択されている弊害への立法的手当ては、少なくともとりまとめ案には反映されていないようである。本来であれば1年の服役で足りる先行事件を、執行猶予を付すが為に漫然と求刑通り1年6月の刑期が選択されたとして、必要的取消幅が増えるのであれば、これが確実に後行事件の量刑判断に反映される制度的保障が必要なはずである(改正刑法草案では意識されているらしい)。原田「量刑判断の実際」56頁は、「1ランクないし2ランク程度軽くするのはよいとしても」と述べる一方、「(後行事件の)刑期を軽くするのは筋違い・・仮釈放(で調整すべき)」との立場を採用する裁判官もいると紹介しているが、そのような不安定な建て付けで相対的に重い刑期を押しつけることは正当化できないと考える。
日弁連が、上記とりまとめ案にどういう対応を取ったか取っていないかは、不明にして知らないが、今後、刑法改正案が出てくれば、慎重な議論を行う必要があるだろう。

(2/2・終わり)

(弁護士 金岡)