報道によれば、大阪地裁で、法廷録音を止めない国選弁護人が解任されたという。
関係筋への裏付け取材により判明したところでは、
・ 弁護人が録音を求めたが裁判所は不必要として許可をしなかった。
・ 弁護人は、裁判所側の法廷録音が弁護人にも開示されないのであれば、法廷でのやりとりが公判調書上、不正確な場合に、正確なやりとりを証明する手段として録音が必要だと反論した。
・ 裁判所は「裁判所側の法廷録音は開示されないと思う」「メモや記憶で指摘すればよい」と応戦した。
・ 弁護人は「メモや記憶の方が不正確だといわれかねない」と再反論したが、裁判所は無視した。
・ 弁護人は、刑訴規則上、録音許可がされる具体的場合を明らかにするよう求めたが、裁判所はそれも無視した。
・ 弁護人が録音をやめないので、裁判所は期日を打ち切り、その後、解任した。
概ね、このような経過をたどった模様である。
つまるところ、一般論として、裁判所側だけが法廷録音を握り、弁護人が仮に公判調書の記載に不服でも「メモや記憶」以上の武器が与えられず通る保障がないことが問題である、という局面での紛争が勃発したということのようだ。
本欄では、法廷録音の謄写問題や、公判調書への異議の問題を二度三度、取り上げているが、無論のこと、関心事である。
そして、訴訟関係人についても法廷録音を裁判所の許可にかからしめている刑訴規則の規定を度外視していうなら(訴訟指揮に不服の場合の対応方法や、最終的に実力行使で従わないことの当否については別論として)、上記の論争は明らかに弁護人側に分がある。裁判所側の理屈は理屈になっていない。
本欄でも紹介した大阪高判のように、裁判所が公判調書に不正をなすことが絶無とは言えないことはすでに論証されている。しからば、その不正を是正する措置が必要だが、裁判所側法廷録音が(保存の仕組みも確立せず~後述例も参照~)こちらに開示されないとなれば、弁護人側で録音するしかない。メモや記憶で調書異議を申し立てても疎明方法がないなら、最悪、闇に葬られるだけであるから、何らの解決策ではない。意図的な不実記載を想定すれば、裁判所側法廷録音をあてにするのは愚かである。
裁判所の応答状況は、弁護人の問題意識に応えようとせず思考停止していると評価せざるを得ない。
試みとして、弁護人を支持するものである。
この類の問題について思い出すのは、裁判所と弁護人が激しく対立した、とある事件である(どれくらい対立が激しかったかというと、出廷している主任弁護人が裁判所に服従しないとみるや、いきなり主任弁護人を事故扱いして副主任を職権で指名してくる程、イカれた裁判官であった)。
公判調書に明らかな不実の記載があったので、裁判所側の録音体の検証を申し立てたところ、「すでに消去した」という驚くべき回答がされ、やむなく次回手続からは秘密録音に踏み切った。次の公判調書でも不実の記載がされたので(録音と照らし合わせて確認)、歴史的真実に基づく異議を申し立てたところ、しれっと訂正されるとともに、次々回からは文字通りの逐語訳の公判調書が作成されるようになったという経過である。
極端な一事例を一般化するつもりはないが、下衆な、不実記載を辞さない裁判官もいるというのは私も経験した歴史的真実である。そうであれば、制度として裁判所側の法廷録音の共有を確約するか(要通訳事件では一律許可しているのだから、できないはずはない)、弁護人に自由に録音を認めるか、どちらかしか道は残されていないと考える。
(弁護士 金岡)