「歴史に残すべき無罪事件」の連載中ではあるが、憤懣やる方なく、違うことを書く。

本欄2019年12月28日「勾留請求に対する防御機会の付与を拒む裁判所」において報告したのは、勾留請求に対し弁護人意見を出そうにも、いつ勾留請求がされるか分からないので、出たら連絡しろと裁判所に運用改善を求めるも、拒否されたというものである。
仕方が無いので、勾留請求が予想される日は、午前遅めから(事務員が)30分おきに裁判所に電話をかけて、状況把握に努めるという、実に前時代的なことをやっている(刑事裁判のオンライン化が進めば、弁護人のアクセスできる「マイページ」に勾留請求情報が登録されて、アラートが届いたりするのだろうか?・・いや全く期待は出来ないが)。

しかし、このように前時代を強いる名古屋地裁も、流石に、「意見書を出す」と言えば「待ちません」とまでは言わない。何時出せるか、という調整をしてからの判断となる。

この点、本日確認した浜松支部は、名古屋地裁より上手であった。
曰く、「勾留請求が来てから、判断する前に、弁護人意見書を送られるのを待つために、判断・決定を待つことはしていない」と平然と言われたのには恐れ入った。
増上慢にも程があるというか、何様のつもりだというのか、・・仮に100%正しい勾留裁判が出来るとしても、手続は手続であろう。ましてや、100%正しい勾留裁判どころか、イギリスの地方裁判所に「日本では合法とされるが人権条約締約国では行われていない処遇への懸念」と駄目出しされるような有り様である。虚心に双方の資料を見てから判断するのが当然なのに、どういう育ち方をするとこうなるのか、親(裁判官教育システム)の顔が見たいという奴である。
裁判官の独立を、自分は王様だくらいに心得違いしている連中がうじゃうじゃいる、という現状には溜息しか出ない。溜息をついていても始まらないので、せっせと抗議でもするしかない。

(弁護士 金岡)