周知の通り、最高裁が、保釈許可を取り消した準抗告審の判断を覆した。
最決2026年8月31日である。
地元の事件と言うこともあって、なんとか、その原決定、準抗告審の決定書を見せて頂くことが出来た。以下、思うところを述べてみたい。
最高裁決定は裁判所HPから読める。
https://www.courts.go.jp/assets/hanrei/hanrei-pdf-96994.pdf
要するに最高裁は、原々決定(許可決定)理由を、①一連性のある先行事件の応訴態度を踏まえると本件について罪証隠滅の現実的可能性は高くない、②環境調整がされ逃亡のおそれ(原文ママ)も高くない、としたものと理解した上で、原決定(準抗告審)は、①②について、「高い」というだけの事情を具体的に示していない、という、お馴染みの判断枠組みで処理している。
そこで気になるのは原決定の方である。
原決定を見ると、その判断理由は、まず本件が第1回公判前だという一点において4号事由が認められるとし、また、環境調整前の被告人の生活実態から6号事由も認められる等として、「権利保釈の余地はない」「ところ、一件記録を検討しても、被告人について裁量保釈を許すのが相当といえるほどの事情は見当たらない」という僅か二行で、裁量保釈の判断を終えて、許可決定を取り消したのである(名古屋地裁刑事第3部、梅澤利昭裁判長、松本高明裁判官、三輪千紘裁判官)。
この原決定が、馬鹿げており、およそ人権感覚の欠如した不遜な内容であることは、誰の目にも分かろうものである。
第一に、4号事由を認定したところで、それが裁量保釈の妨げとなるほどに程度が高いのかは別論であり、(そもそも第1回公判前だというだけで4号事由を認定したこと自体が回復不能の病的判断と言わざるを得ないが、それをさておいても)最高裁が指摘するように、原々決定理由である(最高裁がどうやって原々決定理由を認定したかは定かでない)、罪証隠滅の現実的可能性が高くないという部分を覆す必要がある。6号事由にも同旨が指摘でき、この梅澤コートは、刑訴法90条「逃亡し又は罪証を隠滅するおそれの程度」を何故、検討することを法律が要求しているのかすら、理解していないようである。
第二に、此方の方がより深刻であるが、権利保釈の余地がない場合、「裁量保釈を許すのが相当といえるほどの事情」がなければ保釈を認めないという、非人間的姿勢である。
憲法上の大原則は人身の自由の保障なのであるから、保釈を認めない判断は、例外中の例外であり、比例原則に則り、必要やむを得ない限度でしか許されないという当然の理解を踏まえれば、審理対象は「裁量保釈が不相当な具体的事情」であるべきであり、「裁量保釈を相当ならしめる積極的な必要性」であってはならない。
まあ、一昔前には今回の梅澤コートのような決定は量産されていたし、今も相当数、はびこってはいるのだが、決定書を起案していて疑問に思わないのか???と、本当に思うのだ。
「保釈する積極的な理由がないから、保釈することに特に具体的な弊害はないが、閉じ込めておきましょう」、というその感覚。法的感受性として狂っているから裁判官として落第だし、人としても非人間的であり、より直截にいえば「何様のつもりだ」という言葉しか出ない。こんな裁判官らと、あと数年、地元で付き合わなければならないかと思うと、心底ぞっとする(他地域には御迷惑様だが、今回の最決を生み出した手柄に免じて栄転して頂きたい・・)。
一時期、話題になった藤井論文(一つ目の方)が、「90条の裁量保釈についての裁判官の解釈、適用を、比例原則を踏まえた、憲法34条に適合したものに改めることができれば」と指弾したことは記憶に新しいが、なるほど藤井氏の裁判所OBとしての実体験は正しく、憲法34条も比例原則もお構いなしという後輩裁判官どもがうじゃうじゃいるのだろうことが、またも示された。
流石に最高裁が腰を上げた(最高裁はおそらく意図的に、理由不備にしか言及しない特別抗告認容例を輩出しているが、間接的には、保釈に伴う弊害が無いことを以て保釈を是とした原々決定の枠組みを追認しているのだと評価しておくべきだろう)のだから、彼ら3名が更生する機会は与えられた。
この更生の機会が活かされることを願うばかりである。
(弁護士 金岡)

















