今年もまた、沢山の冤罪が生まれた。
といっても、本稿は、「親族と接見禁止」について述べるものである。結論として、過剰に、親族とすら面会を禁じる裁判所の判断が横行し、およそ荒唐無稽と感じる域に達している。過剰な面会禁止も、冤罪に相違ない。

判例においては、(言うまでもないことであるが)未決の被収容者は当該拘禁関係に伴う制約の範囲外においては、原則として一般市民としての自由を保障されるものであり、外部交通も同様に原則的な自由が保障され、例外的に、これを許すと支障を来す場合があることを考慮して、逃亡又は罪証隠滅のおそれが生ずる場合にはこれを防止するために必要かつ合理的な範囲において右の接見に制限を加えることができる、とされている(最高裁平成3年7月9日判決等参照)。

ところが、このような原則例外の考え方とは裏腹に、裁判所実務では、否認事件ともなると接見禁止は当たり前、という風潮である。包括的に接見禁止がかけられ、弁護人は、せめて親族くらいはと、裁判所にあの手この手の申し立てを行うことになる。
15分や20分という極めて短時間の、しかも留置施設(刑事施設)の立会が付き、暗号じみた遣り取りともなると制止できる権限が与えられている中で、つかのまの親族との逢瀬を、どう工夫すれば罪証隠滅に繋げられるのか、現実的になかなか想定できないのであるが、裁判所はお構いなしである。
先日、ある弁護士が、およそ罪証隠滅がありそうに無い親族との面会をあっさり制限する裁判所の体質を「見えない敵と戦っている」と皮肉ったが、私に言わせれば、それは正しくない。正しくは「居もしない敵と戦っている」のである。

いかに裁判所の対応が病的かを示す挿話を、一つ、紹介したい。
事案は、相当重大事犯であり、被告人が捜査段階で否認したり、少し認めてみたりとしていたこともあって、当然のごとく包括的な接見禁止が付されていた。
その後、起訴され、弁護人が、起訴事実を認め、証拠も大幅に同意する、と対応した途端、検察官の反対意見も無く、親族との接見禁止は解除された。
ところが、である。被告人は、そのような弁護人の方針に納得せず、弁護人を私に交代させた。そして私は、前弁護人の方針を全否定した。
しかし、だからといって接見禁止は復活しなかった。そして、先に面会を認められた親族は、普通に面会を続けているが、私の知る限り、同親族が検察側証人になるであろう人物と接触を試みたり等、一切、していない(検察官から苦情が出ないのだから、なにもないと考えて良かろう)。身内の安否を気遣い、遠路、面会しているだけである。

上記事例は一例にすぎないが、裁判所の「居もしない敵と戦う」病的な体質を示すものとしては格好のものであろう。争わないと言うまでは、親族との面会すら認めず、精神的に苛む。争わないと言った途端、面会を認める(そして、やっぱり争うとなっても今更に接見禁止を復活させることも出来ず、復活させなくても弊害は無かったことが実証された)。

因みに、本稿を書く際に若干の調べ物をしていたところ、11年も前の愛知県弁護士会の会報記事を見つけた。
http://www.aiben.jp/page/library/kaihou/1702kinsi.html
曰く、
・起訴後の接見禁止は明らかに増加しています。
・単に否認しているという理由でなされたり、およそ罪証隠滅が考えられない自白事件においてさえ、共犯事件であるとの一事をもってなされるなど、極めて安易な要件の下に決定がなされています。
・最近の傾向は、被疑者・被告人の本来持っている他者と交流する権利を軽んじ、捜査機関に犯罪捜査を遂行させ、さらには検察官の公判活動を遂行させるための犠牲にすることを厭わない、そのような考えが蔓延していることの表れではないでしょうか。
等とある。
全部が全部に同調できるわけでは無いが、11年前と今とで何も変わっていないことには驚かされる。

さて、この年末、親族限りで接見禁止に不服申立を4件、出した。
勝敗は1勝3敗。つまり1件だけ、親族部分の接見禁止は違法だと判断され、取り消された(変更された)のである。
先ほど、電話連絡で結果が出そろったばかりで、決定内容は見ていないが、稿を改めて内容を紹介し、検討してみたいと思う。(その2に続く)

(弁護士 金岡)