精神鑑定にせよ画像解析にせよDNA鑑定にせよ、弁護人が、弁護活動に資する専門家意見を徴し証拠化する活動を行うべく専門家に依頼すること(私的鑑定あるいは当事者鑑定)は珍しくない。
私もこれまで、このような私的鑑定を多数、依頼してきたが、これは勿論、弁護人の責任と判断において専門家に依頼するものであり、(よほどの事情がなければ弁護人が自腹を切るわけではないから)最終的に鑑定費用は依頼者側が負担するとしても、それは弁護人と依頼者側との弁護契約において処理される必要経費として賄われ、弁護人から鑑定人にお支払いするものである。
つまるところ、弁護人による鑑定契約の当事者は、弁護人と鑑定人である。

以上のようなことに、さして疑問を持つ弁護士はいないのではないか。
なのに何故いきなり、こんな議論を紹介しているのか・・というと、実際にこれが争われている事件があるからである。

経過を大まかに記すと、次の通りである。
1.私選弁護人Aは、鑑定人Bに、Aの依頼者(つまり刑事被告人)Cの鑑定を依頼した。
2.BはCと面談して鑑定を進めたが、その内容はACにとり本意な結果ではなかった。
3.Bの鑑定結果提出後、上記本意でない結果を巡り修正要求等が出されたが、Bは完全には応じず、その後、未払いの鑑定費用も報酬も支払われず仕舞いとなった。
4.Bはやむなく、私に依頼し、Aへの鑑定費用請求訴訟を提起した。

Aの反論は複数に亘るが、主なものとしては、鑑定契約の当事者はABではなくBCである、また、鑑定内容は不十分で債務不履行である、等というものである。

後者も後者だが、前者も前者だ・・と言うべきである。
鑑定人は、弁護人から連絡を受け、弁護人と協議して鑑定内容を詰める。費用見積もりも弁護人に示す。弁護人が依頼者の意向を確認して(当然である)了承すれば、弁護人の責任において費用その他の鑑定依頼側の債務が履行されると信じるであろう。依頼者の意向一つで不払いに転じられたり、依頼者の懐具合で鑑定人が不良債権を抱え込む等と言うことは夢にも思うまい。
上記Aの前者のような主張を許すことは、刑事弁護のみならず弁護業界に対する信頼を失わせ、弁護活動に鑑定人の協力を得づらくするだろう(仮に依頼者が経費を不払いとしても、責任ある対応をすべきは弁護人であり、不変である。)。これを許してはならない。

上記に関する岐阜地判平成29年3月29日(既に朝日新聞や毎日新聞が実名報道している)は、Aの上記反論等を全て退け、Bの請求を認めた。判決理由の力点は、Aの代理構成の主張に沿う事実関係・証拠が示されなかったという点にあるのではあるが、良識的な判断が示され、私的鑑定に臨む刑事弁護人の責務が確認された結果となったことを、まずは良しとしたい。

特に刑事弁護人は、民事代理人とは異なり固有の権限を持つ部分も多い。固有の権限があるということは、裏返しで義務も負うと言うことである。その職責に自覚的に向き合ってこそ、鑑定人をはじめとする関係者からの信頼も得られようものである。実は、Aからは、私が鑑定人Bの代理人として鑑定費用請求訴訟を提起したことを不当訴訟と反発され、B本人のみならず私までが共同不法行為者として提訴されるという異例の事態になっている(余りのことに、私からAに対し、Aの提訴こそ不当訴訟だとする反訴を提起している)。後行する此方の訴訟で、私の代理人を引き受けて下さった弁護士が、この訴訟を、刑事弁護人の本分に関わる訴訟と評価して下さったことは、本当に有り難かったと思う。

(弁護士 金岡)