本欄は基本、刑事事件と時に憲法の話題が殆どであるが、勿論、民事事件や家事事件をやらないというわけではない。寧ろ、「刑事事件しかやらない」場合、実務法曹としての技量は劣るだろう可能性が高いと思っているので、どの分野も相当件数の依頼を受けているつもりだ。

さて、控訴審を受任し、医師の協力を得て1年半、漸く落着した民事案件について紹介しておきたい。交通事故事案では割とある論点だが、保険会社側と被害者側とで真っ向対立しやすいものなので、参考になるだろう。
外見上、普通の交通事故事案で、通常3か月もあれば症状固定の声が聞こえそうな案件である。しかし依頼者は、事故直後の握力低下に加え、事故後1か月強から握力低下が気になりだし、事故後3か月強で更に強く悪化した経過があり、最終的には頚椎の手術(固定術)に至った。
問題は、握力低下や、その後の手術が、交通事故と因果関係があるかである。

第1審は、「仮説1/本件事故により、頚椎支持組織(椎間板、靱帯など)に微小外傷が生じ、それが原因で頸椎症性変化(加齢性変化)に拍車をかけ神経症状が出現したとの考え方と、仮説2/頸椎症性変化(加齢性変化)の自然経過により神経症状が出現したとの考え方があり得る」も、決め手がないとして、因果関係を否定した。
裁判所依頼の鑑定人がこのように証言したからで、そうなると宜なるかなである。

しかし、科学的根拠のある医学的な議論に徴すれば、上記は明らかに間違っていると、協力医から意見を頂いた。
第一に、頚椎椎間板の加齢性変化は一般に20代から始まり無症状のままに推移することが統計的に優位であること。
第二に、頸椎症の患者は統計的に外傷契機が圧倒的優位であること。
第三に、依頼者の術前の脊柱管径は統計的に神経症状を発現させるほどに狭小化していないと認められること。
第四に、神経症状が遅発することは珍しくなく、やはり裏付けとなる科学的根拠があること。

つまり、「一般」とか「統計的」な、科学的根拠のある傾向性を論じることが出来、一医者の限りある経験からくる主観的な意見(evidence-levelで言うと最下位)のような頼りないものではなく、手堅い議論が可能な分野だったということである。
臨床と研究を偏りなく行える専門家の意見は信頼性が高く(余談だが、私の場合、精神鑑定を御願いする医師の選定基準も同様である)、こちらも、文献を読んで科学的な根拠を精査できるので、十分な確認が出来る。
第1審が、一医者の限りある経験からくる主観的な意見を鵜呑みにしてしまったことは、訴訟関係人の力量不足の所産と言って良かろう。

高裁では、握力低下等が事故の後遺症状(12級相当)であることを前提にした大幅増の和解勧告がされ、無事に和解が成立した。

(弁護士 金岡)