故・中曽根首相の合同葬について、文部科学省が全国の国立大学などに弔意表明を求める通知を出したという報道があった。報道によれば、その他の関係諸機関にも同様の求めを行ったとあり、その他の関係諸機関というのは要するに公務所だろうが、まさか裁判所や検察庁は入るまいな、等と、笑い話にしていたのだが・・。

報道によると、「内閣府が最高裁に、弔旗の掲揚や黙とうによる弔意表明の協力を依頼していたことが15日、分かった。最高裁は全国各地の裁判所にこの依頼を通知している。」というのである(共同通信社)。
そして最高裁は「各地の高裁、地裁、家裁などに『内閣府事務次官から別添のとおり協力の依頼がありました』との文書を送った。」という(同社報道)。

唖然とする異常事態だ、と言うしかないが、余りに唖然とする異常事態が多すぎて、このような表現で良いのか悩まされるほど、異常事態だ。

1.そもそも論として、「弔意表明」は、内心領域の問題である。誰かに「弔意表明せよ」と要求されることは、思想良心の自由(憲法19条)を侵害されるものである。強制していないというかも知れないが、「政府のお達しであり最高裁のお達し」である。有形無形の圧力であることは疑いなく、弔意表明せよと圧力がかかること自体が思想良心を侵害すると言うことは明らかである。
なお、後述の通り大阪府教委は立派な対応をしているが、逆に登別市は「市は、「故中曽根康弘」内閣・自由民主党合同葬儀の当日に、哀悼の意を表するため、次のとおり、市内全域でサイレンを吹鳴します。市民の皆さんにおかれましては、黙とうをお願いします。」と、堂々とホームページに掲載している。(https://www.city.noboribetsu.lg.jp/article/2020100800063/)。公権力が「黙とうをお願いします」ということ自体に疑問を持てないのだろうか。

2.弔意表明の対象が自民党出の元首相、という点に着目すると、一定の政治的姿勢を要求されているという問題もある。
中曽根氏を評価しない、自民党が大嫌いだ、という方々も、数多いるだろう(少なくとも私は、中曽根氏に対し弔意を表明したいという感性を持ち合わせていない)。そういう側から見る時、弔意表明を求められる謂われはない。
弔意表明したい方々は、そうする権利がある。
しかし、そうでない人間もいるのだから、巻き込んではならない。
多額の税金を投じるだけでも腹立たしい(住民監査請求の国家版が必要である)のに、たかだか自民党出の政治家ごとき(氏を貶める気は無いが、要するに、万人に異論の無い弔意の対象などあろうはずもないし、氏がそれに該当すると言うこともない)に弔意表明を要求するという偏向した政治的姿勢を要求することは、憲法19条、21条に反するだろうし、公務員の政治的中立性(憲法15条2項「全体の奉仕者」)にも明白に反している。
報道によると、大阪府教委は、政府側の要求を「特定政党への支持や政治的な活動を禁じている教育基本法14条に抵触する恐れがあると判断し、高校などの府立校には送付しないことを決めた」という。真っ当な感覚であるが、最高裁までが馬鹿げたことをやっているこの御時世、英断に賛辞を送らざるを得ないだろう。

3.更に、少なくとも「黙とう」は、黙って祈りを捧げることであるから、歴とした宗教行為である。何かに・誰かに祈りを捧げることを、他所から強制ないし圧力をかけられる謂われはなく、そもそも祈りという宗教行為を一切、行わない自由も保障されているのだから、信教の自由侵害であり、これも憲法違反である。

以上のように考えてみれば、今回の政府方針は、憲法の多数の条項に違反し、違憲の固まりであると言わなければならない。少しでも考える知性があれば、どこかで止められそうな愚挙だが、それが止まらないのが今の政治であることは、学術会議騒動でも十分に分かっているけれども、それでも声は上げなければならないだろう。

ましてや、最高裁が、である。
良心・憲法・法律以外からの拘束から解き放たれている裁判所が、自民党出の首相に弔意を要求することが、どれほどの違憲行為かと言うことが、分からないのだろうか。
最高裁の大好きな「公正らしさ」論で言うなら、「最高裁は自民党支持なんですね?」という印象を与えるから公正らしさを損ない、憲法37条1項違反などの問題も加わることになる(共産党指導者の葬儀に最高裁が弔意を示すよう要求したとはついぞ聞かない)。

最初の報道に接した時、「土曜日だから小中高は関係ないだろうけど、大学生は学内に出ている学生もいるだろうから、くだんの時間帯は是非、どんちゃん騒ぎをして欲しい」と思ったものだ(他人が自主的に弔意表明をすることは自由だから、それを妨げてはいけないが、わざわざ学内で他の学生に静謐を要求するような形で自らの弔意表明を行う権利は保障されていないだろうから、今回の違憲行為に対する表現の自由として、立派な思想的活動だと思う)。
それが、よりにもよって最高裁までやっているとなると・・くだんの時間帯に時間外受付を利用して、黙とうなどせず、きちんと裁判業務をこなしてくれるかを確認しに行かなければならないのだろうか。

(弁護士 金岡)