それでは、前回整理した神戸地判の判示②③④について、それぞれ検討したい。
【②】
尿中コカインやその代謝物が、GCでは検出されずLCでは検出されたから、その含有量ひいては摂取量が「比較的少ない」という判示であるが、なにしろ数字一つ出さずに「比較的少ない」と言われても、訳が分からない。
一般には、コカインの鑑定には、GCもLCもどちらも使える筈であり、LCの方が、より微量でも検出できる、という話すら聞いたことがない。
永見証言によれば、LCの方がコカインに対する感度が高いとされているが、それぞれ(の実際に用いられた機器で)の検出限界をきちんと調査しなければ、実は検出限界に差はなくコンタミネーション等の誤鑑定(担当弁護人によれば全員の鑑定を連続してやっているとのこと)なのか、それとも感度の違いによる検出限界の狭間の事例として科学的に説明可能なのか、なんとも言えないはずである。
感度の違いによる検出限界事例の説明として鑑定が正しいかどうかを科学的に確認もせず漫然と科捜研側の証言に委ねたことからして、非科学的と言わざるを得ない。
また、上記の通り具体的数字が出てこないので、判決の論理によればGCの検出限界以下の濃度である、Aの尿中コカイン等成分の濃度が、具体的に不明なままである。
数字で説明せず「比較的少ない」と言われても、これまた意味不明である。
別記事で、「濃い」というのは相対概念で、何との対比かを提示しなければ意味を持たないことを指摘したが、今回の判示にも同じ批判が妥当する。おそらくは、正規の使用の場合の摂取量との対比が問題となっているが、正規の使用の場合の摂取量がどの程度で、それに対し、今回のAの成分濃度から逆算される摂取量(あるいは少なくともGCの検出限界を上限とする濃度から逆算される摂取量)がどの程度かを、具体的に数字で語らない、「比較的少ない」という結論は、正しいかどうか、確認のしようもない。
判決は科学論文ではないかもしれないが、科学的証拠を扱う以上、科学に要求される反証可能性、事後検証性が担保されなければならない。
今回は、無罪判決であり、検察側が控訴を断念したから「良かった」とはならないし、もし、悪いことに「比較的多量であった」などという事実認定になって有罪になってしまったとして、それが誤判であることを糺そう場合、「比較的多量」とはなんぞやというところで検討が止まってしまう。科学の装いの、単なる印象論でしかなく、このような判決は、全く妥当性を欠く。
因みに、担当弁護人によれば、使用機器の検出限界鑑定を請求したが、検察官が反対し、裁判所はこれを却下したと言うことである。
そこまでしなくても判決は書ける、という意味なのかもしれないが、上記検討(及び後記検討)によれば、裁判官が科学的に議論することを端から放棄していた(科学的議論の必要性を理解していなかった)ようにしか思われない。
【③】
次に、Hとの比較で7倍という議論を検討する。
なお、判決理由によると、Hは12月6日当日の昼過ぎに出所したばかりであり、それまでの使用の累積は考えなくて良いようである。
さて、Hの尿中成分濃度が、Aの尿中成分濃度の7倍という判示である。
おそろしいことに、判決文中で「客観的な濃度は不明」とある。
客観的な濃度を特定しないまま、濃度を比較するという行為自体が、意味不明である。科捜研も科捜研で、GCでは検出できないほど微量だと分かっていたなら、例えばカットオフ値に引っかからないかなど念入りに調査すべく、精密に濃度を測定しなければならないのではないか(担当弁護人によれば、兵庫科捜研のコカイン鑑定にカットオフ値の概念はないとのこと)。
この点、担当弁護人によれば、陽性対象資料の成分濃度を求釈明したが、科捜研は、陽性対象資料の濃度を記録していないと回答したそうである。こうなると科捜研も、その名に反して、科学的に捜査しようという意識が欠如しているとしか言い様がない(それにしても陽性対象資料の濃度を記録していないというのは本当なのだろうか・・流石に信じられない)。
更に、担当弁護人によれば、鑑定人(永見氏の部下)は、A鑑定とH鑑定の、各ベースピーク値(NL値)を比較することに、そこまで精度が高くない算出方法だと断りを入れ、自身では7倍と述べなかったが、裁判所は、自らNL値同士の割り算を行い「7倍」と認定したという。
思うに、A鑑定とH鑑定の、各ベースピーク値(NL値)を直接比較するのは、科学的見て否定されるだろう。各鑑定はそれぞれ別機会に行われるから、鑑定条件は厳密に同一ではなく、各ベースピーク値は、あくまで同一鑑定中の陽性対象資料のベースピーク値との相関でのみ意味を持つのであって、別機会の鑑定同士での比較は原理的に出来ないからである。端的にいえば、A鑑定とH鑑定で、それぞれ行われたであろう陽性対象資料によるベースピーク値は、陽性対象資料の濃度が等しくても、異なる値が出る可能性が高い。
担当弁護人の調査によれば、AやHを含む尿鑑定は6名分(1名逃げたが、他に1名が合流していたので、結局6名)は約4時間30分の間に連続して行われたと言うが、仮に同一機械が用いられていたにしても、それでも別機会の鑑定であるには相違ない。
別機会の鑑定におけるNL値同士を比べて7倍という議論は、そこまで精度が高くない(前掲永見)とかいう以前に、端的に間違いであり、裁判所が解析の原理を理解していないことがよく分かる。
(3/3・完に続く)

















