法制審の種々の議事録は情報の宝庫といえる。これくらい読んでおかなければ裁判所に太刀打ちできなくなるだろう意味でも必読だと思う。

ということで、折を見て読み進めてはいるのだが、今回は件名について。
本年7月の第2回議事録では次のような下りがある。

【引用】
○安東委員 裁判所における実刑判決後の保釈の運用の実情が御議論の前提になるかと思いますので,私の方から,裁判官の協議会で議論されていることをごく簡単に紹介させていただきたいと思います。
前回の部会でもお話ししましたけれども,今年の1月から2月にかけて,高裁単位で裁判官の協議会が開かれ,保釈の運用について議論があったわけですけれども,実刑判決後の保釈の運用の在り方についても,第一審判決前の保釈と比べてということで議論が行われました。この協議会では,実刑判決後は,法律上,権利保釈の規定が適用されないとされていることや,逃亡のおそれや刑の執行確保の要請が高まることなどから,実刑判決後の保釈については,第一審判決前の保釈とは異なる考慮が必要である,すなわち慎重な判断が必要であるといった意見が多く述べられたところでございます。
○菅野委員 質問なのですけれども,やはり,実刑判決後の保釈になりますと,保証金の上増しが大体求められる形になりますし,判決後も身元引受人が機能するかという話も裁判官とさせていただくことが多いのですけれども,現状,例えば,それ以外に条件が付いていることがあるとか,保証金の金額や裁判官の判断要素以外に何か実刑後の保釈について具体的な取組が進んでいれば,教えていただきたいと思いました。
○向井委員 保釈の保証金の積み増し以外に何か具体的に考えていくというような運用例というのは,私の知る限りではありませんが,実刑判決後の保釈の実情,現実の今の運用に関する考え方は,先ほど安東委員に述べていただいたとおりです。実際,第一審時に保釈がされていて,現に出頭してきているという被告人の実績を重視して再保釈を認める運用例がそれなりにあったところではあるのですけれども,昨年来の裁判官同士の議論などを通じまして,実刑判決後の保釈については,逃亡のおそれや刑の執行確保の要請が格段に強まっていることを踏まえて,その段階における状況を改めて慎重に考えて,保釈の必要性や逃亡のおそれ等を吟味,検討する必要があるだろうという理解が現状としては広まりつつあって,そういった議論が実務にも反映されつつあると私は理解しているところでございます。
○酒巻部会長 一審の間,きちんと出頭したからごほうびで再保釈を認めやすいというのは,何となく自然な感じもしますが,元来は,逃げないのが当然で出頭義務があるのだから,それで再保釈が認められやすくなるというのは変であるように思いますね。
○向井委員 逃亡しなかった実績があるということは,飽くまで一事情として考慮するにとどまり,そのこと自体は当然のことということにはなりますでしょうが,また,審理が進んだことにより罪証隠滅のおそれなどに関しては低下しているという事情などもあるのだろうと思います。ですけれども,一方で実刑判決によって被告人が受ける心情の変化など,実刑に直面するということ,あるいは自己の言い分が採用されなかったというようなことによって,心理的には全くその事情が変わってきていることは当然,影響してくるでしょうし,言い渡された刑期の長さも当然踏まえつつ考えていかなければならないと,そういう大きく局面が変わるという認識でございます。
【引用終わり】

上訴保釈が厳しくなった(昨日まで保釈していた原審が、判決後は頑なに保釈を拒否し出す現象を、控訴審弁護人として、何件も見てきた)、という感覚はあったが、「昨年来の裁判官同士の議論などを通じ」、第1審できちんと出頭しているからといって安易に保釈を出すべきではない、という意見が主流を形成しつつある、ということのようだ。

上記向井意見にもあるとおり、上訴保釈では罪証隠滅のおそれが基本的に低下する。そうすると、上訴保釈における焦点は出頭確保にあり、第1審当時、出頭を確保できていた被告人について、上訴審では出頭(刑の執行のための出頭を含む)を確保できないだけの事情変更が生じたかを審理し、そのような事情変更があるといえないなら保釈を認めるべきだ、と考えるのが素直であろう。
しかし、向井意見にいう「その段階における状況を改めて慎重に考え」るというのは、このような事情変更の有無を慎重に見よう、というのとはどうも違う。無罪推定が破れて服役濃厚なのだから「保釈するかどうかを慎重に考えよう」ということであるが、これでは無為な収容が増えること請け合いであって憲法に反する。
とりあえず、裁判所は、「昨年来の裁判官同士の議論」なるものを速やかに開示すべきであろう(日弁連はこれを要求すべきである)。

上にも書いたが、上訴保釈では、無罪推定が破れて服役濃厚なのだから、類型的に逃亡のおそれが飛躍的に高まる、と、まことしやかに言われている。
しかし、本当にそうだろうか。
まず、上訴保釈における逃亡率を知りたいものだ。第1審における逃亡率(第1審確定後に出頭せず逃亡した案件も此方に含める)とそれほど違うのだろうか。
また、第1審実刑判決も様々である。確かに、無罪や執行猶予を期待していたのに実刑判決となった、という場合に事情が変わったぞ、ということは理解は出来るが、それでも穏当に最後まで裁判を進め、収容されていく被告人は五万と居る。ましてや、法律上、実刑しかないような事案を含め、予想どおりに実刑、という場合は、逃亡率の飛躍的上昇ということは先ずないだろう。
このように考えると、私の言うところの事情変更に、(被告人にとっての)予想外の実刑判決であったかどうかは一事情として考慮されることになるだろうが、それも含めて個別に、慎重に、事情変更の有無を見定めるべきであるし、そのような個別事情を離れて、類型的な逃亡率の上昇なるものに拘泥することは許されないと考えるべきだ。
上訴保釈に厳格な裁判官が主流派を占めるとなると、ことは容易ではないが、弁護実務家としては、上記の議論も頭に入れた上で、憲法に忠実な、正当な理由なき身体拘束を許さない取り組みを続けていく他ない。

なお、上記引用部分で、酒巻部会長が「一審の間,きちんと出頭したからごほうびで再保釈を認めやすいというのは,何となく自然な感じもしますが・・」と発言した部分には実に寒々しいものを感じたことを付け足しておこう。
念のために断っておくと、酒巻発言までの議事部分で、上訴保釈が一審の間、出頭義務を果たしたことの恩典~ごほうび~である趣旨の議論はない。してみると、酒巻部会長において、そのように理解されていると言うことなのだろうが・・「ごほうびで再保釈」とは良くも言ったものだ。
刑事施設への収容という、人身の自由への重大な例外的局面を「ごほうび」等と言い放つ部会長は、部会長職にあることはもとより、人権法、刑訴法を扱う上でも、不見識極まりない。学際的に優れているか以前の問題として、人としての器量を疑う。

(弁護士 金岡)