件名からお察しのとおり、弁護士事務所への捜索押収に関する東京地判2022年7月29日(古田孝夫裁判長)である。

押収拒絶権の解釈について、「押収拒絶権の趣旨が、弁護士を始めとした、個人の秘密を取扱うことの多い一定の業務者につき、個人の秘密に関する物の押収を拒む権利を認めることによって、当該業務に対する信頼を保護しようとする点にあることからすると、ここでいう’他人の「秘密」とは、その性質上客観的に秘密であるもの(非公知性及び秘匿利益が認められるもの)にとどまらず、委託者と弁護士との間の委託の趣旨において秘密とされたものも含まれ、押収拒絶権を行使できる「秘密」に当たるかどうかの判断は、第一次的には委託者から委託を受けた弁護士に委ねられるものと解される。そして、その帰結として、弁護士が捜索・差押えの対象物につき他人の秘密に関するものであるとして押収拒絶権を行使したときは、それが上記の意味における秘密に当たらないことが外形上明白な場合でなければ、捜査機関においてもその秘密性を否定することはできないものと解される。」と判示し、一つ一つの検討において押収拒絶権の対象であることを認めたところまでは丁寧な判示に読めた(尤も、この分野に詳しいわけではないので、一読した感想にとどまる)。

しかしここから、急落する。
「・・・押収拒絶権の保障が及ぶものと解するのが相当であるが、そのことが同条の文理上明白であるとまではいうことができない上、本件捜索等が行われた令和2年1月29日当時、上記の法令解釈が相当であることを明確に指摘した文献や裁判例が存したものと認めることもできない。」として、いわゆる職務行為基準説に基づき検察官に注意義務違反はなかったというのである。

「法の不知」が許されないのは、ローマ法以来の伝統的な理解であろう。民事法の領域でも刑事法の領域でも、法の不知は許されない。手続法の領域とて同じことである。
そして、刑訴法の解釈において、日本で一番詳しくある「べき」職業の一つが(但し実際の刑事訴訟の現場においてみると怪しいものではある)検察官である。その検察官の法の不知を~少なくとも確たる根拠も無しに苟も弁護人に付託された押収拒絶権の行使を撥ね付けるだけの意思決定を~許容するというのは何事かと思う。
これを許すなら、法に疎い一般人の法の不知は尚更に許されなければなるまい。いつのまにやら良く分からない個別法が制定されて、良く分からない制令に丸ごと規制対象が委任されて、そのような刑罰法規を知らなかったと無罪主張をしても、刑法38条3項により免責されない。法に疎い一般人ですらそうであるのに、刑訴法に精通していなければならない検察官が「そうとは思いませんでした」というと免責される。

意地悪な見方をすれば、法令解釈を誤った末の誤判をしでかした場合に備え、予め国賠責任を追及されないよう、有権的解釈が確定していない場合の誤判を職務行為基準説で救済すべく裁判官が先回りして布石を打っているのではないかとまで勘繰ってしまう。
(少し話がそれるが、接見交通系の国賠で、法令解釈が最高裁まで争われた末に賠償が命じられているような事案と本件とで、何が違うのかとも思う。知らなければ許すという扉を開いた罪は重かろう。)

無知でも許される検察官、ついでに裁判官は、随分と気楽な職業のようである。無知でも投獄される一般人の方がよほど法に精通しておかなければならないとは、嗤うしかない。

(弁護士 金岡)