とあるMLで話題になった件であるが、「要通訳事件では被告人専属の通訳人を」ということを述べておきたい。

要通訳事件では、当然ながら法廷通訳人が起用される。
法廷通訳人は、例えば検察官の起訴状朗読を被告人に通訳したり、裁判官の黙秘権告知を被告人に通訳したりする。弁護人が頼めば、弁護人が被告人に話しかけたい場合に通訳を断られることもないだろう。

しかし、法廷通訳人が他のことに手を取られている場合・・典型的には証人尋問を想定すると、法廷通訳人は、(証人が日本人だとして)尋問の遣り取りを被告人に通訳したり、(証人がまた要通訳の場合は)尋問を通訳したりと、忙しく、被告人と弁護人との意思疎通には関わってくれないだろう。
被告人が尋問を聞いていて「そんなことは初めて聞いた」とか「それはあの証拠と反している」と気づいたとして、被告人が弁護人に注意喚起すべく、声を上げて尋問を止め、法廷通訳に弁護人との意思疎通の通訳を要求する・・・というのは余り見ない光景であるし、実際にやれば、不規則発言だと注意されかねない。心理的な抵抗は結構なものだと思われ、期待すべきではなかろう。

他の場合も往々にしてあるだろうが、要するに、色々な用務を兼任する法廷通訳人は、必ずしも被告人と弁護人との意思疎通に十分な存在ではないし、あれこれ弁護人に話しかけたい被告人が、法廷通訳人しかいないために我慢を余儀なくされている、ということは十分に想定されると言うことである。
高野隆弁護士が提唱されたSBM運動を通じて、お白州席の被告人席は弁護人の前に移動し、横に移動してきた歴史があるが、これは外見的な問題もあるとしても、本質は、即時実効的な弁護を受けられるよう、意思疎通の密な環境を保障するためである。
要通訳でなければ隣の席を確保すれば一応、事足りるとしても、要通訳であるとそれだけでは足りず、そこに専属の通訳が控えていることが望ましく、少なくとも前記のような証人尋問の場合は特にそのように指摘できる。

そして、実例もある。
2012年2月の和歌山地裁(柴山智裁判官)の事件で、被害者証言の信用性が主たる争点となり、弁護人は、被害者証言について尋問中に都度、被告人と意思疎通を図る必要があると考え、独自の通訳人を法廷内に入れて、弁護人~被告人の並びに着席させることを求め、裁判所はこれを認めた。
これにより、被告人は、いつでも弁護人に話しかけられる環境を保障された。
(このことも加功したのかどうか、結論、無罪判決であった)

チェックインタープリターの議論は文献的にも皆無ではないが、このように法廷内において弁護人との意思疎通を密にし、即時実効的な援助を受けられる環境保障の観点から専属の通訳を用意すべしという議論を展開している文献は、知る範囲では存在しない。
しかしSBM運動の発想から考えれば、ごく当たり前のことであり、これまで殆ど全ての要通訳事件でそのように弁護人が要求してこなかったことが不思議なほどである。

今後、同じような問題意識を持たれた弁護人に、先例があることをお知らせしたく、紹介した次第である。

(弁護士 金岡)