岩波ブックレットからの紹介である。
実務家になって、学問の自由について真剣に考えたことと言えば、大学の教員に対する処分を巡る訴訟案件を引き受けた時くらいであった。漠然と、国家と大学、大学と教員個人、教員個人と学生、親の教育の自由等々が絡み合って何となくしか理解していなかったというのが率直なところである。
本書は、「学問・研究の自由の確保は、世界的にも注目のイシュー」「国際的な権利保障の枠組み作りが進んでいる」「対応が遅れた日本の現在を知るための1冊」と謳われているが、なるほど謳い文句に恥じない(僅々100頁にも満たないのに)濃密な書籍であった。
歴史的経緯を紐解く部分では、
・そもそも「科学技術」という何気ない言葉が、実は戦時体制の産物であるということ(広渡論文)や、
・天皇機関説事件を契機に、国家が美濃部説を採用する大学の講義を調べ上げ、美濃部説を削除した教科書に作り替えられていったこと(水島論文)など、
遺憾にして全く知らないことばかりであった。
現代的な議論では、
・学問の自由に関する日本の憲法学は国際水準から遅れているという指摘(栗島論文)、
・高等教育教員の地位勧告において先進的な制度的保障が求められていること(同)、
等々が関心を惹いた。
弁護士の実務は、研究者による支えなくしては成り立たないところがある、という実際的な側面にも照らした時、本書でいう「科学者コミュニティ」が、弁護士自治が必要とされることと全く同じ理由において自治を獲得すべき、という議論に関心を持つことが必要だろう。
(弁護士 金岡)