ある書籍の中で、憲法37条3項の日本語訳は相当ではないという論旨があった。
憲法37条3項は「刑事被告人は、いかなる場合にも、資格を有する弁護人を依頼することができる。」とされているが、原文英語は単に「資格を有する」とか「依頼することができる」というものではない、というのである。
そこで原文英語を参照するとこうである。
At all times the accused shall have the assistance of competent counsel
これをディープル翻訳にかけるとこうなる。
「被告人は、常に、有能な弁護人の援助を受けなければならない。」
単に有資格者弁護士というだけではなく「有能な」弁護士でなければならないこと。
また、「依頼」だけではなく「援助」を保障した規定であること。
なるほど、日本語訳が相当ではないという指摘には合点がいくものである。
しかし、「依頼」の部分では、判例は既に、弁護人による実質的な援助を受ける権利を憲法から導いていた筈だと、判例を確認すると・・しばしば援用する最大判1999年3月24日は、被疑者段階の事案について、37条3項ではなく34条前段に基づき、「被疑者に対し、弁護人を選任した上で、弁護人に相談し、その助言を受けるなど弁護人から援助を受ける機会を持つことを実質的に保障しているものと解すべきである。」としているだけで、37条3項をどうこういうものではないようだ。
そこで34条前段の原文英語を参照すると、
without the immediate privilege of counsel
とある。ディープル翻訳にかけると「直ちに弁護人の特権を与えられることなく」である。
34条前段も37条3項も等しく「依頼」という言葉を用いているが、原文英語は異なる。37条3項は「援助を受ける」ところまで踏み込んでいるのだから、訳し分けるべきだったのだろう。尤も、既に34条前段の「依頼」が「援助を受ける機会」の保障であると解釈されているのだから、37条3項の「依頼」も少なくとも同等以上には扱われるのだろうけれども。
他方、「有能」部分では、まだまだ原文英語の理想には程遠い、というべきだろう。
本欄本年1月3日で、田宮氏が手続保障の理念に近づくよう弁護人を鼓舞している、というくだりを紹介したが、憲法37条3項もまた、弁護人を鼓舞し続けているようだ。
(弁護士 金岡)