【自称被害者ら事件関係者に対しても客観性のある捜査が欠かせないこと】

前回報告の通り、差戻前1審の有罪判決が採用した当初訴因を崩壊させたのは、なにをおいてもX-Y間の送受信履歴である。事件当日(より正確に言えば3000万円を渡したとされる約3時間前)まで融資話を知らなかったYが、それに先立ちXと融資条件の相談は出来ない。

周知の通り、被疑者は携帯電話端末等を片っ端から押収され、中を覗かれる。数年前の事件だろうとお構いなしに携帯電話端末を持ち去られる。パスワードを教えなくとも単純ならものなら強制的に解錠する令状・技術が登場しているし、顔貌認証等を強制する令状も登場している。
悪いことをしているだろう、嘘をついているだろうという目で見られ、痕跡をがさがさ、粗探しされる訳である。

これに対し、自称被害者らは、そのような取り扱いを受けない。勿論、捜査官が「こういう資料は無いのか」と尋ねてLINE履歴などが提出されるだろうことはあるだろうが、あちら側に取捨選択が許される。嘘つき放題だから、もし自称被害者らに不都合なLINE履歴があり、隠そうと思えば、「ないです」と言えば済むし、強制的に携帯電話端末等を検分されることもない。

考えてみれば随分と不均衡な話である。
被疑者は、その主張の真偽等が、強制的に粗探しされる。
これに対し、自称被害者らは、そのような対象から外される。
無罪推定とは真逆に、自称被害者らは嘘をつかないと推定され、被疑者は嘘をつくだろうという目で見られる。

しかし世の中には、正に本件が実証したように、虚偽主張を行う自称被害者らもいるのである。無辜の不処罰を掲げるのであれば、より慎重に吟味されるべきは無論、有罪を求める自称被害者らの主張であって、そちら側こそ、携帯電話端末等のデータを保全して間違いない裏付け作業を行う(且つ、手続保障の見地から対立当事者側に検証する担保を与える)べきだろう。

現実には真逆である。
かつて本欄でも取り上げたように(https://www.kanaoka-law.com/archives/1281)検察側証人は、被疑者が受けているような強制的粗探しの対象にされない。強く要求することで、渋々、任意の提出に漕ぎ着けることはあるが、その時には不都合なものは消されている可能性が大である。
乱暴に提言するならば、自称被害者らの被害届に際して、スマホを提出させ、データ保全するくらいのことをして然るべきだろう。それを嫌がるなら、うさんくさいと評価しておく方が、無辜の不処罰の考え方に馴染む。

こう書くと、数多ある被害届に対し一々、データ保全などやってられないとか、殆どは争いの無い事件であって意味が無いのでは無いかとか、被害者に二次被害をもたらすとか、萎縮効果があるとか、文句が出るだろう。
しかし、何れの指摘も、無辜の不処罰の前には大したことはないと思う。例え999の保全データが無駄になるとしても、残り1つの保全データから、自称被害者らの主張が虚偽主張だと分かり、冤罪が回避出来るならば、それに賛成しない理由はないだろう。
それとも健全な社会通念は、多くの(真の)被害者保護や、訴訟経済の名の下に、冤罪で例えば死刑を執行することを肯定するのだろうか?

本件に於いて、もし、自称被害者らが被害届時にスマホの提出を求められていれば・・前記の通り、その筋書きを明確に否定するものであったから、拒否しただろう。拒否することが怪しいとなれば、勢い、より慎重な捜査が行われ、起訴されなかったと言うことも十分に考えられる。
不均衡にも、より慎重に検証されるべき有罪方向の自称被害者らの主張が手厚く(手ぬるく)守られるという現状の制度(有罪判決は薄く、無罪判決が分厚いのも、その例に属するだろう)自体が、本件のみならず相当数の冤罪をもたらしてきただろうことは容易に想像できる。
本件のように、公務所照会が採用されてすら、虚偽の筋書きを押し通そうという自称被害者らが歴史的に皆無であったはずは無い。無辜の不処罰というならば、万が一に備えてあちら側の供述を検証する術を用意しておくのが当然である。

くどいようだが、もし本件で、Xのスマホが押収されるという僥倖(ついでにいえばXがそのようなデータを後生大事に保存してくれていたという僥倖)に恵まれなければ、控訴審はどうなっていただろうか。差戻前第1審裁判官と同じような理屈で同じように間違えた可能性は否定できない。というより大いにあるだろう。
しかし雪冤を、このような僥倖に委ねるわけにはいかない。
自称被害者らのスマホデータ等も的確に保全し事後検証に晒す仕組みが必要だと考える所以である。

【検察官論告という不祥事】

X-Y間の送受信履歴は、当初訴因を破綻させる決定的証拠であった。誰が見ても矛盾していると断じて良いものであった(差戻後第1審の検察官が当初訴因~主位的訴因を諦めたのも当然である)。

しかるに差戻前第1審の検察官(平間文啓検察官)は、そのようなX-Y間の送受信履歴を入手していた(名古屋高検が認めた)にもかかわらず、当初訴因を押し通す有罪論告を行った。
有罪判決を騙取する詐欺罪、というのはないにしても、客観証拠に反した虚偽主張を公文書たる論告に記載したのだから、虚偽公文書作成罪は成立する。公務員職権乱用罪、特別公務員陵虐罪も成立しうるだろう。

冤罪事件において、不利な証拠が隠されている、ということはまま、見受けられる現象である。しかし決して、歴史的に過去の遺物と片付けることは出来ない。
2021年という現代において、平然とそれをやる検察官がいる、というのが現実である。弁護人は、それをも念頭に対峙しなければならない(限界はあるので、結局は全面証拠開示を義務付け、かつ、強力な制裁規程を置くほか無いと思う)。

(3/4に続く)

(弁護士 金岡)