件名の決定を受けたので、紹介する。
名古屋地裁岡崎支部2024年4月17日決定である。

事案は、本欄2023年3月8日「見事な無理解」で報告した「その他関連事項」なる、とんでもない証言予定開示が行われた(これを開示と呼んで良いのなら)事案である。
2023年4月21日に証言予定開示命令を申し立て、その後、証言予定の変更や統合、追加などが行われたが、遂に以下の2点で決裂し、1年を経て判断に至ったものである。
1.「その他関連事項」は撤回しない。
2.証言予定の専門用語の概念について具体的な開示は行わない。

決定(先例価値があるので末尾に裁判所の判断部分全部を掲載する)は、上記1及び2について、何れも検察官の主張を排斥し、十分な証言予定開示が行われていないとして、具体的な証言予定開示を行うよう命じた。その判断枠組みは、夙に本来で紹介済みの名古屋高裁の各判決(基本事件や国賠事件の中で論及された)を踏襲し、証言予定内容を具体的に明らかにする必要があり、付随事項だろうと補足事項だろうと名目を問わず開示を要する、という至極当然の内容である。

惜しむらくは、決定の最後の部分で基本的な誤りがあり、それだけで合格答案には届かない(そこまでは十分合格答案と言えるものである)。
当該部分は、「本件証人の証明力に関する被告人の防御のために重要な意味を持つ可能性があるものである限り」開示義務を負うとした箇所である。
証明力検討のために重要かどうかが開示義務の有無を左右するのは、類型証拠の話題であり、証言予定開示という、請求証拠開示の局面では用い得ない。証言予定開示は請求証拠開示であるから、予定しているものは全部開示が必要なのであり、「本件証人の証明力に関する被告人の防御のために重要な意味を持つ可能性があるものである限り」でしか開示義務を負わないという理解は理論的に誤りである。この理解を前提とすると「乙3の戸籍は防御上重要ではないから開示しないでおこう」ということが許されることになるが、それが許されないことは明らかであろう。(善意に解釈すれば、検察官が有罪獲得のために立証しようとしているものは、全て被告人の防御上、重要な意味を持つ可能性があるから、開示しなければならない、と言いたかったのかも知れないが、それなら、証言予定のうち重要な意味を持つ可能性がないものは開示しなくて良いとしか読めない説示は、誤解の元でしかない)

もっとも上記説示は理由中の傍論であり、主文の範囲を制限するものではないと思われる(そう解しないと、こちらとしては即時抗告して糺す他無いが、全部認容決定に対して即時抗告することは不可能である)。そこで主文付きで全文そのままを紹介しておく次第である。

なお、本決定は検察官の不服申立なく確定した。
検察官は、弁護人の主張を、証言予定開示制度の趣旨を正しく理解しないと論難し(但しどういう制度趣旨だと思うのか具体的な説明はなかった)、裁判所から水を向けられても「その他関連事項」という開示が適法なことについて裁判所の判断を求めたいと突っぱねたが、その割には、不服申立なく確定した。

【主文】
検察官に対し、証人Aが公判期日において供述すると思料する内容 (尋問を予定している付随事項ないし補足説明事項を含む)の要旨を記載した書面を、被告人又は弁護人に開示することを命じる。

【第3 当裁判所の判断】
提示命令を受けて提出された各証言予定事項記載書面の内容や、 上記のとおり弁護人からの求釈明に応じて証言予定事項のまとめや追加が行われてきた経緯を踏まえると、 検察官の尋問により本件証人が公判期日において供述すると思料する内容は概ね具体的に示されているものと解される。
しかしながら、「5 その他関連事項」については、項目のみが記載されており、その内容は全く記載されていない。刑事訴訟法316条の14第1項2号において、供述調書が存在しない場合には証人が公判期日において供述すると思料する内容の要旨を記載した書面の開示が求められているところ、その要旨の記載内容は、抽象的に証言予定事項を記載するだけでは足りず、証言を予定している内容を具体的に明らかにするものでなければならない。そして、検察官が審理のために必要であると考えて証言を求めることを予定しているものであれば、それらは証拠開示の要否を検討する対象となるというべきである。
本件証人はいわゆる専門家証人であり、証言予定事項記載書面には多数の専門用語が記載されているから、 公判廷で証言する際にはその説明が必要になるものと考えられるし、本件の争点及び当事者の主張に照らしても、本件証人が述べる専門用語の定義等は、本件証人の証明力に関する被告人の防御のために重要な意味を持つ可能性がある。
そうすると、 検察官が付随事項ないし補足説明として位置付けているものであっても、検察官が本件証人から証言を得ることを予定している専門用語の定義等については、具体的な内容を開示しなければならない。そして、このことは、検察官が公判前整理手続において例として掲げた専門用語に限られることではなく、項目名の如何にかかわらず、その他の事項についても検察官が審理のために必要と考えて証言を得ることを予定しているものについては、本件証人の証明力に関する被告人の防御のために重要な意味を持つ可能性があるものである限り、「その者が公判期日において供述すると思料する内容」にあたるものとして、その要旨を刑事訴訟法316条の14第1項2号に基づき開示すべきである。
よって、本件裁定請求は理由があるから、刑事訴訟法316条の26第1項により、 主文のとおり決定する。

令和6年4月17日
名古屋地方裁判所岡崎支部刑事部

(弁護士 金岡)