(はじめに)
山田耕司裁判官執筆の判例時報2586号「裁判員裁判の歩みとこれから(2)」において、名古屋の刑事弁護に対し強い批判がされており、「最早これは褒め言葉だろう」という揶揄までされていると仄聞した。
そもそも名古屋の刑事弁護にこれといった型式があるわけではなく、少なくとも私が名古屋の刑事弁護の標準を画しているとは露ほども思わない(もしそうだったら、どんなにか楽になることかとは思う)のだが、それなら読んでみようかと手に取ってみた。
連載(1)によると、6回連載の意欲作とのことなので、中途半端なところで批判するのも宜しくないのかも知れないが、くだんの連載(2)を見る限り、約34年の裁判官の御経歴をして、刑事弁護のことを全く理解されていない(別に驚かないが、修辞的に言えば)驚きの内容だったので、この時点で本欄で取り上げても良いと判断した次第である。
以下、関心の向くままに取り上げたい。
なお、本稿の主題はあくまで、論文中の(名古屋の)刑事弁護批判が無理解にして的外れであることを指摘するところにあるので、それ以外の部分の論旨の妥当性は問題としていないことを予め断っておく。
取り上げる項目は、以下の指摘6点となる。
【指摘①】(予定主張の提出において)早々に手の内を明らかにするのを良しとしないという古い戦術に拘泥する困った弁護人もいる。
【指摘②】岐阜地裁では、犯人性が争われた重大事件でさえ、起訴後1年以内に第1回公判期日が入っている。岐阜の弁護人は協力的であったため、長期化せずに済んだが、名古屋地裁ではそれを望むべくもなかった。
【指摘③】特に名古屋地裁では、証拠開示請求を積極的に進め、開示証拠を全部検討した上でなければ、予定主張を明示しないという態度を頑なにする弁護人が多い。
【指摘④】公判前整理手続の長期化問題について、名古屋地裁特有の問題として・・早期の弁護方針の明示に消極的で、弁護人が類型証拠開示を全て終え、開示を受けた証拠全部の検討が終わるまでは、暫定的なものも含め、予定主張を明示をせず、弁護方針もいわないなどというスタンスに固執する弁護人がかなり存在していた。
(中には、被告人や共犯者の録音録画を被告人に見せないと主張明示しないとまで述べる弁護人までもがいた)
さらに、専門的知見が必要な事件については、専門家の意見を聴取してからでないと、予定主張明示や証拠意見の提出もできないという弁護人も多い。
【指摘⑤】(公判前整理手続の長期化要因として)名古屋の特質の1つともいえる弁護方針明示の遅れに関する名古屋の実情について、❶(指摘④と同じなので割愛)、❷弁護人が全部不同意意見を述べるなどの硬直的な弁護方針を示した事案、❸弁護人において追起訴が終わるまで弁護方針を明示しなかった事案、❹(略)、❺弁護人から提出された予定主張記載書面の内容が希薄で、争点や証拠の整理に資するところが少なかったために、その後の手続が遅延した事案がある。
【指摘⑥】名古屋地裁では、長期化するような事案で、弁護人から争点及び証拠の整理に必要かつ十分な主張が出てきたことは余り多くないのが実情であった。
・・特に弁護人において納期意識が低い上に(時間を度外視して自分が納得行くまで検討し書面を作成したいというマインドが強いように感じている)、迅速に裁判を行おうという意思が低く・・。
(具体的検討その1)
【指摘①】(予定主張の提出において)早々に手の内を明らかにするのを良しとしないという古い戦術に拘泥する困った弁護人もいる。
「早々」と「手の内」の具体的な内容が分からないので、なんとも言いかねるところではあるが、指摘④に関する氏の論調では、前掲の通り「類型証拠開示を全て終え、開示を受けた証拠全部の検討が終わるまで」予定主張を出さない弁護人はけしからん、「被告人や共犯者の録音録画を被告人に見せるまで」予定主張を出さない弁護人はけしからん、「専門的知見が必要な事件については、専門家の意見を聴取してからでないと、予定主張明示や証拠意見の提出もできない」弁護人はけしからん、というのだから、上記のように「けしからん」弁護人は、「早々に手の内を明らかにしない」「古い戦術に拘泥する困った弁護人」ということになるのだろう。
詳細は後述指摘④のところで取り上げるが(従って「2/2・完」に譲る)、例えば第三類型の、「専門的知見が必要な事件については、専門家の意見を聴取してからでないと、予定主張明示や証拠意見の提出もできない」弁護人が、「古い戦術に拘泥する困った弁護人」でなく、周到な下調べの上に明確な弁護方針を確立する、理想的な弁護人像の体現であることは、論を待たない。
それを悪し様に批判している時点で、無理解を露呈していること明白であり、この論文に読む価値はないだろうと感じざるを得ない(なので仕方なく読んでいる)。
刑事弁護の本質は、弾劾である。弾劾というのは、取りも直さず、攻撃防御方法が明確に固定化されてからで無ければ行い得ない。従って、攻撃防御方法が明確に固定される前に弾劾方針を提示すると言うことは、その本質と相容れない。「早々に手の内を明らかにするのを良しとしない」というのは、本質的に矛盾した批判であろう。
また、弾劾のケースセオリーを確立するためには、およそ公判に顕出され得る全事情を把握しなければならない。予定主張と弾劾のケースセオリーとは同一では無いにせよ、共通性がある以上、予定主張は公判に顕出され得る全事情を把握した後で無ければ提出し得ないのが道理である。山田論文は、この道理に悖る。
判例時報誌という定評のある全国誌に、このように、刑事弁護の本質と矛盾し、道理に悖る主張が掲載されるということこそ、困った事態である。勉強の足りていない初学者が真に受けると弁護過誤が量産されることになる。
(具体的検討その2)
【指摘②】岐阜地裁では、犯人性が争われた重大事件でさえ、起訴後1年以内に第1回公判期日が入っている。岐阜の弁護人は協力的であったため、長期化せずに済んだが、名古屋地裁ではそれを望むべくもなかった。
「犯人性が争われた重大事件」で、起訴後1年以内に第1回公判期日が入っているということは、逆算して起訴後9か月もせずに公判前整理手続が終結しているということになる。「9か月」が一概に有り得ない数字かどうかは知らないが、私の(山田裁判官には大きく劣るものの)20年余りの刑事弁護実践に賭けて、「短すぎる」とは言える。
起訴後一月で、検察官の証明予定と請求証拠が出る。
これに対する類型証拠開示請求を起案するのに3週間。
これに対する検察官の回答に3週間。
謄写して打ち合わせして、検討して足らざるを補うに4週間。
ここまでで既に3ヶ月半が経過している。
もし仮に、類型が一先ず尽きたと仮定して(余りありそうに無い仮定である)、集まった証拠に基づき、弁護側の問題意識を検証していくのに、現地に行ったり、実験したり、専門家を訪ねたり、調べ物をしたり・・民事の「通常期間」ですら一月が標準であることを考えると、数ヶ月を要求しても問題はあるまい。
以上合計で7か月。
犯人性を争うとなれば、証人尋問は不可避だろう。証言予定開示を開示させるのに一月。その内容に対し、類型証拠開示請求が必要になる。ここら辺までくると裁定請求に発展する案件も出てこよう。
・・あらゆる準備が理想的かつ、紛糾せずに進んだ机上の空論ですら、9か月に押さえることは少々、手に余る。そして現実は絶対にそうならない(公務所照会一つで半年以上、止まってしまう事案とて珍しくもなんともない。近時では、膨大なデジタルデータを含む証拠があり、その有効活用を模索すると、それだけで数ヶ月がかりとなることも稀では無い。)。
「岐阜地裁では、犯人性が争われた重大事件でさえ、起訴後1年以内に第1回公判期日が入っている」と褒めそやす前に(刑事弁護的には「馬鹿にされている」というべきであろうが)、その弁護活動が、手続として必要にして十分なもの、(事案の軽重に貴賤など無いのであるが)一分の隙も無いものであったと言えるのか(もしアリバイ主張の事案だったとすれば、被告人のスマートフォン端末を隅々まで総点検するくらいのことはしたのか等)を検証する方が先であろうと憂慮する。
ともかく、起訴後1年以内に第1回公判期日が入っているのが当然みたいな物言いも前同様、弁護過誤を量産するだけの謬見である。
(具体的検討その3)
【指摘③】特に名古屋地裁では、証拠開示請求を積極的に進め、開示証拠を全部検討した上でなければ、予定主張を明示しないという態度を頑なにする弁護人が多い。
読むからにおかしな一文である。
「証拠開示請求を積極的に進める」・・当然推奨されるべきことである。
「刑事証拠を全部検討した上で予定主張を提出」・・当然推奨(以下略)。
当然推奨+当然推奨=「頑なな弁護人」??
プラスとプラスを足し算した筈が、何故かマイナスになるという。中学1年の課程を終えれば、このような計算間違いはしなくなりそうなものではあるが、甚だ謎である。
言わずもがなだが、証拠開示を受けながら、開示証拠を全部検討することもなく予定主張を出す弁護人がいるとすれば、手抜き弁護としか言い様がない。そこに擁護の余地はない。なにが頑ななのか、さっぱり分からないので、これ以上、批判するのも難しい。
(2/2・完に続く)
(弁護士 金岡)