【1】
この半年というもの、何故か刑事控訴審が増えた。
その数、ざっと10件。
うち1審から続投しているものが5件(検察官控訴1件含む)、新件が5件。
新件は、1審の出来不出来に関わらず、事件そのものに加え弁護活動も検証していく手間があるため、手間暇は1審よりもかかる、と思うし、概して1審の出来はよろしくないので(傍目八目的要素があることは否定しない)、尋問の負担がある一審と、上記のような負担のある控訴審とで、負担感が大きいのは控訴審である。
上記5件のうち実刑事案は3件であり、当然保釈対応が必要になる。
一時期の名古屋高裁が控訴保釈に極めて拒否的であったことは裁判長の属人性によるところが大きかったようで、原審裁判所によるもの1、控訴審裁判所によるもの2と、全て保釈が許可されたことはなによりである。
この3件のうち2件は、懲役5年の実刑判決であったが、それでも保釈は許可されている。近時の私の起案には、最近の、それなりの実刑事案でも保釈が許可されている裁判例を豊富に書き込むことができるようになり、以前より保釈申立の精度を向上させることが出来ていると実感しつつある。
【2】
さて、件名について。
幾多の冤罪事件で保釈を妨害している検察庁に、依然、反省の色がないという話になるが、言うことにも事欠いて、こういう反対理由を恥ずかしげもなく書くか、ということである。
自営業の被告人が、保釈中に受注した仕事をいよいよ始めようというところで実刑判決により収監された、という状況下、保釈されないことの経済的、社会生活上の不利益を指摘したことに対し、検察官は次のように主張した。
「身体の拘束の継続により、被告人に社会的・経済的不利益が生じるとしても、かかる不利益は、正業を持つ者全てに当てはまることであり、実刑判決後の保釈は、保釈を許可すべき特段の積極的な理由がある場合に許可されるべきであることに照らせば、不利益の程度が著しく高いとまではいえない。なお、弁護人は、(受注案件を始められない場合は逆に損害賠償請求を受けかねないと主張するが)・・・これを予想して対応をあらかじめとっておくことも可能であったのであり、過度に重視すべき事情とはいえない」(山嵜仁検察官)
保釈中の仕事が中断することの不利益は仕事のある万人に共通だから、過度の不利益扱いすべきでないとか、保釈中の仕事が中断することの不利益は、「これを予想しての対応」つまりそもそも仕事を増やしたりしなければ良いのだから、過度の不利益扱いすべきでないとか、言いたい放題である。
保釈中の被告人は仕事をするな、とでも言いたいのだろうか?
冤罪の可能性を弁えた謙虚さが、毛の一筋ほどもあれば、こんな意見は吐けまい。また、そもそも、「刑事被告人」ではなく、当たり前の私生活を過ごす「人」であるという尊厳に思いを致せるなら、このような意見にはなるまい。
差し詰め、増上慢、というやつであろう。思わず「反論する気も失せる」と意見書に記載したほどである。
検察官も単純な不相当意見しか出せない事案(かつ抗告もなし)だったので、そのことには一応、触れておく。
(弁護士 金岡)