少々古い話題となるが。

最三小2025年8月14日決定は、接見等禁止決定に対する準抗告棄却決定に対して、「勾留に加えて接見等を禁止すべき程度の罪証隠滅のおそれがあるとはうかがわれない事案であるから、原審は、原々裁判が不合理でないかどうかを審査するに当たり、被疑者が接見等により実効的な罪証隠滅に及ぶ現実的なおそれがあることを基礎付ける具体的事情が一件記録上認められるかどうかを調査し、原々裁判を是認する場合には、そのような事情があることを指摘する必要があったというべきである。」として、準抗告棄却決定を取り消し、事件を差し戻した決定である。

準抗告棄却決定を拝見する機会があったのだが、それによると、「本件被疑事実の性質・内容、被疑者の供述状況及び供述内容からすれば、被疑者が、罪体や重要な情状事実について、関係者と通謀するなどして罪証隠滅をすると疑うに足りる相当な理由があり」としており、これは、悪い意味で、実に「標準的」な準抗告棄却決定である。

このような準抗告棄却決定の有り様は、本欄で多数回、批判してきた。
例えば2019年9月10日「身体拘束に係る裁判理由の空疎化」では、「本件事案の内容、性質、証拠の収集状況等に照らせば、被疑者を釈放した場合、自己又は第三者を介して関係者に働きかけるなどして、犯行の動機・経緯等の重要な情状事実について罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があると認められる。」という決定理由を紹介して空疎だと批判しているし、勾留期間延長、保釈却下に対する準抗告の局面などでも、正によりどりみどり、空疎な決定が山積みである。

では今回、最高裁が、身体拘束理由を具体的に書けといったのかというと、勿論、そうではないだろう。決定を見れば一目瞭然であるが、ぱっと見で接見等禁止理由があるとは思われない事案だから、どうしてもというなら具体的に書け、と言っているだけである。
現に同決定後、私を含め何名もの弁護士が、理由の欠如を判例違反と構成して特別抗告に及んでいるが、判例違反が認定されたものがあるとは聞かない。
最高裁のぱっと見で接見等禁止決定理由がないなら、どのみち、接見等禁止決定は違法に帰するのだから、本質は理由の不備ではなく、要件の誤認の方であろうことを思うと、この決定は単に技巧的なものであり、身体拘束には須く具体的な理由を説明すべき義務があるということを打ち出したものではない。これでは身体拘束裁判に大きな改善は見込めないだろう(強いて言えば、準抗告棄却決定が供述状況=被疑者の否認を明示的に指摘したのに対して、最高裁決定が「被疑事実を否認しているとしても」と是正したところだけは、前向きに評価できようか)。

以上の通り、今回の決定に対する私の感想としては「別に」という感じではあるのだが、この決定を引き出した弁護人が、標準的な空疎決定に対し、倦まず諦めず、特別抗告に進んだことは、やはり表彰ものだろう。
実はさる機会に申立書を拝見して、中身的な分量は僅か8行、というところに驚かされたのだが、それだけ、「書くこともないくらいおかしな事案」だったのだろう。「書くこともないくらいおかしな事案」に対し、敢然と筆を執り、最高裁に同じ感想を抱かせたのだから、(表現は難しいが)見事なものである。

余談だが、身柄関係の特別抗告認容事案となると、出来る限りの伝手をたどり申立書を読むようにしているのだが、「なるほど認容されるわけだ」と唸らせられる起案にはお目に掛からない。最高裁を動かす何かを見極める眼力が足りないのか、そうでなければ、事案の筋と諦めない気力なのか・・諦めない気力なら人後に落ちない筈なのだが。

(弁護士 金岡)