【1】
先日、無罪判決を報告した松阪簡裁2026年3月17日(吉永大介裁判官)が検察官控訴なく確定した。
単なる自転車事故に過ぎず社会的耳目を集める事件ではないが、定番の過失事件における攻撃防御や、また特に高齢者が加害者となる交通事故に関して学びを得た事件であり、本欄で解説していきたい。

【2】 事案の概要
事案は、暗い歩道上を自転車走行していた依頼者(自転車走行可能の歩道であり、灯火状況や速度などにおいて特に問題なし)が、先を歩く歩行者に追突し、同人を転倒、負傷させたという過失傷害事件である。
依頼者は事件当時70歳と、交通工学の先行研究において高齢者と分類される年齢であった。

検察官は、依頼者の略式同意を得た上、❶「照射範囲に応じた速度に調節せず」と、❷「前方左右を注視せず、進路の安全確認不十分」の、二つの過失を訴因に掲げた起訴状を提出したが、裁判所(当時は鵜飼伸洋裁判官)は職権で正式裁判に移行させた。

この鵜飼裁判官の真意は、今となっては推し量るより他ないが、依頼者が後述の通り自白調書を作成されながらも、歩行者を発見することは出来なかったと供述していた(在宅事件であり捜査段階に弁護人は不在であった)ことから、略式有罪に躊躇したのかもしれないし、逆に、依頼者が自白調書の作成に応じながら、不可抗力だと主張して反省が不十分であったことから、敢えて正式裁判に移行させたのかもしれない。

【3】 依頼者が自白を採られていたこと
前記の通り、依頼者は捜査段階で弁護士の援助を受けることなく、自白調書の作成に応じていた状況がある。

員面調書では、「検証実験の結果・・・すればぶつかることはなかったことがよくわかりました」「しかし・・・気付くのは相当困難だったと思います」という調書が作成され、検面調書でも、「(車道側を歩く歩行者がいると想定していれば)事故は避けることが出来ました」という不注意を、調書化されている。
専門家の目から見れば(前述の鵜飼裁判官もそのような発想かもしれない)、非常に抽象的な結果論を、よく分からないままに飲まされただけで、いわば自白が騙取されたものであることは見え見えであるが、驚いたことに、依頼者は、略式裁判にも同意しており、防御らしい防御は出来ていない。

鵜飼裁判官がそうだったかは分からないが、略式手続においては、弁護人不在での無理矢理の自白調書、無理解に付け込んだ略式同意の危険が、相応にあり(別件で、検察官が略式手続を勧める説明が録音録画された媒体を視聴したことがあるが、訳の分からない浪花節のようなものを延々と語っており、被疑者は全くついていけていないことがありありと分かるものであった)、簡裁判事が最後の砦のような立ち位置になる(有罪判決にびっくりして法律相談に来る方もいるだろうが、そこで諦めてしまう方もいるだろう)。

最終的に過失が否定される本件において、現にこうした無理矢理の捜査過程があったことは、よく理解されておくべきだろう。

【4】 過失をめぐる攻防
さて、過失を争う事件においては、なによりもまず攻撃防御対象である検察官の過失構造を十分に解明する必要がある。それなしには、要点を外した弁護活動になったり、あとから過失構造を変更されて弁護活動が無駄どころか有害になったり、あるいは判決で裁判所が思ってもみない独自の過失構造を捻り出して無理矢理に有罪判決を書いてしまうような事態が避けられない(この話題に関しては、本欄で詳しく取り上げた盛岡の過失事件に関する仙台高裁2018年10月2日判決が、判例秘書に収録されている)。

例えば❶「照射範囲に応じた速度に調節せず」は、自転車の前照灯が、どれくらい(しか)照らせないから時速何キロまでにしなければならないというのか(その法令上の根拠は何か)、そして、その時速何キロにしていれば、その照射範囲から、どれくらい手前で歩行者を発見出来、そこで何をすれば(急ブレーキなのかハンドル操作なのか)結果が回避出来たのかを、計算式まで添えて、がっちり具体的に説明させることが必要である。

同趣旨の弁護人の求釈明に対し、鵜飼裁判官は、実に翌日、一切対応せず公判に進むと宣言したため、そこから手続は大荒れした。そのことは過去に本欄で何度か書いているし、本連載の趣旨とは異なるので、割愛する。
結果から言えば、検察官は、求釈明の僅か数週間後には、いきなり❶「照射範囲に応じた速度に調節せず」の訴因を撤回してしまい、益々、過失構造の解明に拘った訴訟進行を採らざるを得なくなった。

それにもかかわらず依然として強行に公判入りしようとする鵜飼裁判官との対立は激しくなる一方であったが、まあ、弁護人としては、こういう手合いを相手にするのが難しいというわけではなく、「公判入りされても何も進めさせませんよ」という、確固たる信念で対応し、調伏する一手である。
そういったことは何度も経験してきたし、理屈が立つなら、何も恐れることはない。

(2/3に続く)

(弁護士 金岡)