このところ、入管法の改悪議論も相まって(憲法31条以下に照らせば、入管への収容についても裁判所の令状審査と同じ制度設計にするのが素直な発想であろうに、頑として入管が入管裁量で収容を決めようとして譲らないのは、恐ろしいことである。警察が警察の裁量で逮捕勾留できる、ということと並列に考えてみれば良いのである。)、入管関係で弁護士会が声明を出すこと増えている。
東京弁護士会会長から、立て続けに会長声明が出たことも話題となっている。

本年3月23日付け会長声明は、新型コロナ拡大感染を理由に東京入管での被収容者と弁護士との面会を原則禁止し、代替手段として、入管施設に置ける電話面会を実施することへの抗議である。
私が原告となった国賠(http://www.kanaoka-law.com/archives/922)でも規則33条1項に基づく面会権の制限の違法が認定されたが、会長声明でも、同規定に基づく違法性が指摘されている。被収容者からすれば、外部者との面会は重要な権利であり、とりわけ弁護士との面会が原則制限されるなどと言うのは、国際人権上も許容し得ない事態である。入管当局の順序のはき違えは今に始まったことではないが、正に無法地帯であり、某国の人種差別、強制収容を批判する資格があるのだろうか?と思わされる水準である(そういえば、チベット難民を取り上げた「パンと牢獄」(小川真利枝・著)は、(内容は重いが)比較的楽に読める佳品であった)。

翌3月24日付け会長声明は、名古屋入管における女性死亡事件についてのものである。お粗末な医療体制と、恣意的な過剰収容を強く非難する内容である(関連して、昨日の報道によれば、この10年ちょっとの間に、平均して毎年1名強の被収容者の死亡事例が生じているとのことであった)。
私も、難民事件や入管事件に多少なりとも関わる中で、依頼者がやせ衰えていく様を目の当たりにしたり、「体調不良を言うとバファリンが与えられる」という入管の非道さを聞いたりしている。恣意的な仮放免について国賠を起こしたことも複数回あるが(例えば母子家庭で再審情願を出した途端に収容され、即時提訴すると2ヶ月で仮放免された事例や、数年に亘る係争中にきちんと出頭していたのに、突然収容された事例など)、入管側は「全件収容主義」を盾に具体的な収容理由すら明らかにせず、裁判所はそれを平然と追認し、判決を読んでも敗訴理由すら分からないという事態が繰り返されている。
乱暴な言い方をすれば、死亡事例が発生するのは当たり前という過酷な環境である。しばしば、不法滞在する方が悪いという声も聞かれるが、全く別の問題であることは言うまでもない。

現場の弁護士としては、事例を積み重ねることしか出来ないが、それにしても、来るところまで来ている、と思わされる。入管法改悪の前に、やることをやり、その教訓を踏まえて、正しい方向へ変えなければならない。国や当局に、改悪法を提案する資格は全くないと思う。

(弁護士 金岡)