本欄を「証言予定」で検索すると8記事が該当する。
案外、少ないものだ。
整理手続における証言予定開示義務と、その通常手続への準用的工夫は、近年における司法制度改革の数少ない成功例だと思うし、どんどん活用していかなければならないと常日頃から思っている。

過去の記事で言うと2019年8月6日の【事例3】、尋問期日の12日前に十倍量の証言予定が追加され、証拠開示請求の必要性が生じたのに、裁判所が尋問を強行しようとした(強行しようとしたというより、被告人が「腹をくくらなければ」強行されたので、裁判所が思いとどまったわけではない)事例を思わせる事件が、またぞろ、あった。

専門家証人の尋問(及び対質)なのでプレゼン資料の活用が見込まれ、一月前の段階、及び3週間前の段階で念押しをしたのに、検察側B証人のプレゼン資料の開示が直前(尋問前日の午前に漸く受け取れた)になり、新たな専門用語も登場し、これでは証言予定開示義務が履行されたとは言えない、こちらの専門家A証人も慎重に対応したいと仰る、という事態に陥ったが、裁判所(地裁刑事3部、宮本聡裁判長)はそれでも尋問実施に固執した。

A証人が慎重に対応したいと仰っている、と説明しても「金岡が言っているだけかも知れない」と裁判長が堂々と宣う。しからばと、裁判長の面前でA証人に意思確認をするも「宣誓せよ」という。なぜ宣誓?と問うと「偽証・・」と。つまり宣誓しなければ、A証人が金岡に阿って嘘をつく可能性があると、裁判長は仰るわけである(この、類い希な鋭い事実認定能力は、切なる今後の課題として、是非、検察官証人の証言の信用性判断に向けて頂きたいものだ)。

更に裁判長は、B証人から、新たな専門用語を追加しても実質的な変更はないという証言を引き出そうと(というのも検察官がそのように説明したからである)、検察官に、実質的変更はないという限度で主尋問をせよと訴訟指揮をした。
無論、そのような主尋問内容の証言予定開示はないので、異議を出して阻止すると、「事実上、聞くのは良いですか」と裁判長。事実上の質問となれば、反対尋問機会すらないわけである。事ここに及んで、手続保障を更に後退させる提案には、なかなかに驚かされるものがあった。
(結局、B証人への質問は阻止できた)

とまあ、振り返りつつ整理するだけでも、よくもまあという内容である。
A証人の慎重に対応したい意向を証人尋問手続で確認し(検察官は証言予定開示請求権を放棄し、反対尋問もしなかった)、15分の合議を経て、ようやく尋問(及び対質)の延期が決定。開廷から実に50分近くが経過していた。
50分もかけて、すったもんだやる話だろうか?「結果的に開示が直前になった以上、弁護人がそう言うなら仕方ないですね」で済む話ではないのだろうか?実に疑問である。
当然のことだが、裁判所に「反対尋問できるでしょ」と判断する能力などないと思う。できるかどうかは、弁護人の専門家裁量が尊重されるべきであるし、少なくとも裁判所は反対尋問のイロハすら学んでいないはずだ。

確かに、審理計画は守るに越したことがない。こちらも、プレゼン資料の直前開示問題、追加問題が無ければ、専門家証人の尋問(及び対質)に万全を期すべく、かなりの時間、文献の読み込みなどに時間を割いて準備していた。折角の準備がフイになり、数ヶ月も先送りされるというのは、実に不本意である。労力の問題はさておいて、成果を上げるには集中審理は欠かせないのが実務である。
しかし、それでも、証言予定開示が余裕を持って行われていない事案では、より優越するのは反対尋問権である。弁護人が「いける」と思って突撃するのは、被告人の実質的な同意の下では理論的に許容され得るかもしれないが、証言予定内容を具体的に把握せずに尋問手続に臨むなどということは本来的にあってはならない。
不本意でも、裁判所とのっぴきならぬ緊張状態に陥っても、譲れないものは譲れない、そうでなければ弁護人ではない。

付記1
この問題を論じる上で、本欄2019年9月9日で紹介した、名古屋高裁2019年6月24日判決(堀内満裁判長)は重要である。「防御権保障のためである」「具体的な証言予定を知り得る保障が必要である」と、証言予定開示義務の本質を端的に表現できており、有用である。公刊物未登載かもしれない(判例秘書、裁判所ウェブサイトには掲載なし)が、実に勿体ない。

付記2
法廷にいた修習生の一人が、証言予定開示義務の根拠は何か、と閉廷後に質問してきた。
聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥、とはよくいったもので、知らないなら当然、聞くべきである(法壇の上の方々にも肝に銘じて頂きたい)。おそらく、彼の脳裏には証言予定開示義務が刻み込まれ、一生、忘れないだろうと思う。

付記3
プレゼン資料が証言予定開示義務の範疇であることは、知っている人、気付いている人には常識だが、そうでない人には見落とされているところであろう。神ならぬ人の仕事であるから、プレゼン資料を作っていれば、書き換え、言い換え、訂正、追加等の誘惑は当然にあるだろう。余裕を持って開示を受けることを予め布石として打っておくことを、実践的技術として押さえておきたい。

(弁護士 金岡)