割と報道されているので御存じの方も多かろうと思う。警察が、捜査対象者に無断で同人の車両にGPSを設置し、その行動を監視することを組織的に展開している問題である。 平成25年に福岡地裁で、本年に入って大阪地裁(2例)で、何れも刑事裁判中で取り上げられたほか、福井地裁(刑事事件)、名古屋地裁(私他2名の担当する国賠訴訟)で係争されている。

この種の捜査手法は、当然ながらプライバシーを侵害するため、平成15年4月段階の法務省刑事局長の国会答弁に依れば検証令状を取得して行うのが通常とされていた。つまり、強制処分性があり、故に令状を要すると考えられていたわけである。

ところが平成18年に入り、警察は密かに内部の要領を作成し、これを任意捜査で行うこととした。わずか3年で、正反対の考え方に立った運用が開始されたのである。このことが明るみに出るまで、実に数年を要した。

教科書的な議論で恐縮であるが(というより、学部生の知識程度でも知っている筈のことであるが、というべきかも知れない)、強制処分性を有する捜査は、法律の定めた条件に従い(強制処分法定主義)、令状を取得して(令状主義)、行わなければならない。人権侵害は、民主的に決定された(厳格な)条件に合致していることを、裁判所が判断して初めて、行える。典型的には、逮捕を思い浮かべて貰えればよい。この理念は、警察組織が違法な人権侵害を行うことを所与の前提として、いわば性悪説に立ち、事前に民主的統制及び司法的統制を行うことで人権侵害を可能な限り防止しようとしたものと考えて良い。 この種の捜査を内部要領に基づく任意捜査として行うことは、民主的統制を受ける筈の警察組織が自ら条件を決め、かつ、司法的統制を受ける筈の警察組織が自ら内部要領に適合しているかを判断するという、上記理念と真逆の事態を引き起こす。 あってはならないこと、と言わなければならない。

それだけではない。GPS端末を秘密裏に設置するには、対象車両が駐車されている箇所へ秘密裏に立ち入ることが不可欠の前提をなすから、しばしば、建造物侵入罪等を伴う。大阪地裁の本年の先例で、その任意処分性を巡る判断が正反対に分かれたことは大きく報道されたが、いずれの判断に於いても、この問題は指摘されていた。共産党員が反戦ビラを配布しに共用部分に立ち入ることですら、犯罪視され、逮捕され、裁判にかけられる(他方で、ピザの宅配チラシの投函行為について摘発されたというのは寡聞にして聞かない)というのに、同じ以上のことを警察がぬけぬけと行っている。この二枚舌には(分かっているつもりでも、やはり、)唖然とさせられる。

因みに、GPS端末を民間業者との契約で入手している場合(私の担当案件もそうである)、民間業者は「対象車両に無断で設置することが明らかな場合は契約お断り」としているのが通常であろうが(私の担当案件でもそうなっている)、警察は、そのような民間業者の方針を知りながら、無断設置の捜査に用いる目的で民間業者と契約し、GPS端末の貸与、GPSサービスの供与を受けている。暴力団関係者が、その身分を秘して、暴力団関係者お断りの銀行でカードを作ったり、ゴルフ場でゴルフをしたり、アパートを借りたり、お祭りで屋台を出したりすると、片っ端から逮捕される。身分を偽って、物(カード)やサービス供与(ゴルフプレイ権)を受けるのが詐欺だというのである。そうであれば、警察は、民間業者から上記物なりサービス供与なりを騙し取っている以上、詐欺になる。 勿論、取り締まる側の筈の警察が組織ぐるみで詐欺を行っているわけだから、県警本部長が逮捕される・・・という訳にはいかない。上記共産党員の事例と同様、二枚舌、なのである。

反社会団体や、政治思想を異にする集団の行為を、あげつらい、犯罪視する割に、自らが犯罪を敢行する分には問題ないと考える、このように観察すれば、このような組織を信用してはならないことは、容易に分かるだろう。このような背信的な性格の組織は、厳格に、民主的統制、司法的統制の下に置かなければならないことに異論はなくなる筈である(大臣が“法律に憲法をあわせよう”などと言い出す御時世ではあるが、相当単純な理屈で、お分かり頂けるのではないかと思う)。

本コラム平成26年10月11日「国賠訴訟の当事者として」において、国賠は「いわば、世直し」と書いた。本GPS訴訟も、正しく世直しである。 私は、刑事弁護人としては、マスメディアとのお付き合いは一切、拒否する立場であるが(このことも何れ機会があれば書きたいと思う)、世直しの国賠にあっては、マスメディアと一定の協働を行う方が目的に資することは理解しているつもりである。かくして、本GPS訴訟を提起してからは、柄にもなく司法記者クラブで会見したり、電話取材等に応じたり、ものの十秒程度であるがテレビに出るまでした(本年5月19日、中京テレビ「キャッチ3部」の「携帯位置情報捜査活用へ」)。

折角コラムを設けているのだから、ここでも報告させて頂いた。憲法上の人権擁護、及び、警察組織の性質を原理原則的に論じ、あるべき位置に位置付けることを目指すGPS問題に、関心をお持ち頂ければ幸いである。

(弁護士 金岡)