事件名「接見妨害等国家賠償請求事件」。
刑事被告人について、保護房収容中を理由に、弁護人から接見申出があったことも伝えず接見をさせなかったことの違法性が争われた事案である。
最高裁判決の結論を一言で言えば、「連れ出せないとかそういった特別な事情がなければ接見を認めなければならない」ということである。物理的に無理ならともかく、そうでない限り接見が優先だという。当たり前すぎて、「そうですか、なんで訴訟(それも最高裁まで!)になったんですか?」と言いたくなるような事案である。

この事案の拘置所の対応を見て思うことは、あいもかわらず、憲法・刑訴法は下位に置かれているのだなと言うことである。
この手の国賠案件で何度も拘置所から賠償金を受け取っている私には言う資格があると思うが、拘置所の発想は、内規・施設管理権>被収容者処遇法>憲法・刑訴法である。我が国の法体系とは無論逆であり、いまなお特別権力関係が息づく世界である。

ついでに言うと、先だっての「毛髪宅下げ国賠」の顛末については既に本欄で報告しているが、賠償金は支払われたものの、謝罪と再発防止策の説明を求める文書を送付するも、全く無視されている現状である。
うちの事案も、憲法上の弁護権よりも、「うちはそんなことやってませんよ」という、施設管理の都合が優先された事案(にして防御権尊重を要求する処遇法も無視された事案)と分析できるが、賠償金だけ支払い、謝罪も再発防止策も説明しないでいては、更生の見込みは最早ないだろう(賠償金といっても、それ、結局は税金でしょ、という話だ)。

さて、上記最判の事案、知己によると、第1審・第2審とも、請求棄却だったとのことである(原記録は閲覧していないので、この表現に不快に思われる関係者がおられるとしたら、予めお詫びしておこう)。裁判所までが内規・施設管理権>被収容者処遇法>憲法・刑訴法の世界を追認する判断を繰り返すようでは、拘置所がつけあがるわけである。

(弁護士 金岡)