(導入)

神戸の教員間いじめ問題に関する報道によれば、「現状は自宅謹慎の制度がなく、有給休暇として扱っており、4人には給与や手当が支払われている。こうした対応に市民から苦情が相次ぎ、市は職員が重大な不祥事を起こした場合、正式な処分が決定する前でも、給与の支給が停止できるよう条例を改正する必要があると判断した。」という。
懲戒手続の間、自宅謹慎を命じ、その間、給与を支給しないという条例の制定が目指されているのだろう。

(問題の所在)

法的に見れば、労働条件の不利益変更の問題がありそうだ。基本権に属する労働問題に関し、事後的に不利益変更して遡及的に適用することは原則御法度だということはどこまで意識されているのだろうかと心配になる。
更に、当該職員側の人権の観点からは、「飢えて死ねとでも言うのか」という事態を引き起こしかねない問題がある。職員側では労務を提供する用意があるが、市側は受領を拒絶し、自宅謹慎という業務命令を下す。その業務命令が是とされたとした場合、職員側は、職務専念義務があるので、自宅謹慎に専念しなければならない。兼業許可を得ない限り、労務の受領を拒絶され、収入の道を断たれるという事態である。配偶者や子どもの生活もかかっていようところ、報じられているような加害行為が事実だとしても、明らかに、非人道的である。
批判や抗議が巻き起こり、極端な立法に走ると言うことは、近時、しばしば見受けられるところである。極端な一例に対し極端な立法を以て臨むことが、市民的自由を束縛し、息苦しさを増すという愚かしさにいい加減気付くべきではなかろうか。

(支給割合ゼロの決定が取り消された事例)

さて、そういえばということで、担当事例から紹介したいものがある。
とある地方公共団体の職員さんが起訴され、起訴休職となった(地方公務員法28条2項2号)。結構著名な職員さんであったため報道も過熱気味で、それが影響し(後述)、同日、休職期間中の給与支給割合をゼロとする決定もされた。
これに対し、職員側から支給割合決定に対してのみ不服審査請求を行ったものである。なお、当該地方公共団体の条例では、起訴休職中の給与支給割合について「100分の60以内を支給できる」とされており、国家公務員の場合とほぼ同内容である。

当方の主張は、①告知聴聞を欠く、②職員の家計の実情に照らすと無給では数ヶ月で生活破綻する、等というものであった。これに対し、地方公共団体側は、(ア)そもそも不支給決定は不利益処分ではないと主張した上で、(イ)①については接見禁止中であったから仕方が無い、(ウ)②については具体的な試算などしなくても当面の生活費保障が不要なことは明らか、と主張し、更に、(エ)市民からの信用を失墜させた不適切行為者に対し給与の支払いを行うことは税金の不適切な使用との誹りを受ける、等々と反論した。

愛知県人事委員会の本年5月29日付け決定は、上記争点に対し、(ア)不支給決定の処分性を肯定した上で、(ウ)起訴休職中の給与支給制度の趣旨に照らすと、「処分者は、請求人の生活保障の観点を重要な要素として具体的な試算を行う」必要があったと断じて、その試算を行わなかった点を問題視し、(エ)について、全く考慮してはいけないかはともかく、請求人の生活保障の観点を重要な要素とすべき制度である以上は、かかる要素を重要な要素とすることは認められないとして、地方公共団体側の主張を全面的に排斥し、不支給決定を取り消した。告知聴聞の論点が回避されたことは残念だったが(地方公共団体の代理人弁護士が接見禁止の一部解除を得ることは容易であるのに、容易であるとは限らないなどと真面目に主張してきたことには、流石に嗤えた)、具体的な試算義務を認めたと言うことは、告知聴聞をせざるを得ないのと同義であるから、実質的に見て完勝と言ってよいものである。
その結果、地方公共団体側は、上限の60%の支給決定を行うに至った(ちなみに、この事案の弁護をするに当たり、可能な限り支給割合の前例を調べたが、公刊されている裁判例で支給割合が60%でなかったものは殆ど見あたらなかったことを付け加えておこう)。

この担当事例も、過熱する報道、一人歩きする情報、市民の税金の適切な使い方・・といった要素に振り回されて、起訴休職と同日に、具体的な試算一つせず、あらゆる手続をすっ飛ばして処分してしまった案件に相違ない。懲戒事案だろうと刑事事件だろうと、加害者側にも人権があり、あくまでもその人権の枠内でしか、公権力による制裁は許されない。懲戒事由や犯罪行為に対する然るべき制裁は当然であるが、それを踏み越えて、「飢えて死ね」と言わんばかりに、労務の受領を拒絶しておきながら給与の支払いも拒否するというのは、故に、行き過ぎ、非人道的なのである。
批判が声高に叫ばれる事案こそ、務めて冷静に考えるべきなのに(故に、この種の事案を担当することは弁護士冥利に尽きると言える)、声高な批判に振り回されて、表に出てきづらいだろう加害者(と言われている職員側)の人権を蹂躙するという事態は、実に浅はかで見苦しく、法治ではなく私刑国家である、と言わなければならない(本欄ではしばしば、こういう言い方をするのだが、自分がされる側に立って、流石にどうかと思うのではないか、考えてみたら良いと思う)。

(10月26日追記)
25日に本稿掲載後、要旨「懲戒処分相当で起訴されるおそれがあるような」非違行為について休職を命じ40~100%の範囲で給与を支給しないこととできるという制度枠組みが検討中との報道に接した。支給割合枠は同じだが、地方公務員法28条の想定する休職命令より厳しいもので、一地方公共団体だけが突出して厳しい不利益変更を行うことの当否は益々、問題だろう。と共に、その運用において、事案の悪質さを前面に押し出した処分がされれば、職員側は躊躇せず不服審査請求を検討しなければならないと考える。

(弁護士 金岡)