「西尾署仮庁舎問題」と銘打っても、別段、有名な事件ではない。
刑弁委を離れて久しい私が知ったのも、昨日の報道による(4月3日付け朝日新聞、また、NHKでも報じられた)。

愛知県の西尾署の建て替えに伴い仮庁舎で執務されているところ、仮庁舎には留置施設がなく、「警察の論理では」接見する場所がないため、西尾署で取調中の被疑者に初回接見に来た弁護人が接見を拒否され、翌日まで13時間も接見を妨害された、という事態になるなどしたというのが事件のあらましである。
昨年5月の場合、午後6時30分ころ逮捕された被疑者に対し、午後7時45分ころに弁護人が初回接見に来るも、前記のように接見を拒否され、それでは速やかに取調べを中断の上で留置予定場所に移して接見をさせるよう求めるも、それも拒否され、結局、時間切れとなり翌朝9時まで接見できなかった、という(愛知県弁護士会による愛知県警本部長宛て、昨年11月の改善申入書による)。なお、件の弁護人が「面会接見」の提案を受けたかどうかは不明である。

逮捕から1時間15分で接見に駆けつける弁護人は、実に頼もしいと言える。実質的な取り調べに入る前に(逮捕時の警察による弁解録取は、取調べではなく、黙秘権の告知を要しない代わりに尋問もしてはならない、被疑者が立ち入った供述を始めた場合は、黙秘権を告知して取調べに切り替えるべきだとされている。犯罪捜査規範134条参照。)、黙秘権の効能を説明し、一緒に方針を考え、見通しを教示する専門家の助言を受けられるかどうかは段違いである。
事実、最高裁判所(2000年6月13日判決)も、初回接見を特に重要と位置付け、「犯罪事実の要旨告知等の被疑者の引致後直ちに行うべき手続やそれに引き続く指紋採取、写真撮影等の所要手続を終えた後に、たとえ比較的短時間であっても」初回接見機会を保障しなければならないとする(つまり初回接見>>>取調べ、の構図である)。

では西尾署仮庁舎に、通常接見に用いられる接見室を備える留置施設がないことをどう考えるべきか。
この点については、最高裁2005年4月19日が一定の結論を与えており、接見室に代替できる部屋があるなら同部屋による秘密接見を認める必要があるが、そのような部屋がなければ秘密接見を認める義務は生じないけれども、代わりに、立ち会い付き短時間のような秘密性は保たれない「面会接見」をするか意向確認する義務が生じる、としているところである(なお、この事例は接見室の存在しない検察庁の事案であり、代替できる部屋はないとされたが、面会接見の意向確認義務違反により国側が敗訴している)。
取調室において、取調官と弁護人が入れ替われば、それで十分、接見室に代替できる部屋であると言えそうなものであるが(アクリル板の有無が何か決定的に問題であるとは思われない・・弁護人が脱獄用の鉄ヤスリでも手渡すとでも言うのだろうか?それとも弁護人が人質に取られての脱出劇を心配しているのだろうか?)、それはともかく、もし西尾署仮庁舎問題において、面会接見の意向確認義務違反があれば、国賠は「楽勝」と言える次元である。

以上のことは、2000年と2005年の各最高裁判例を知っていれば、誰でも分かることであるが、そうすると恐ろしいのは、西尾署仮庁舎に接見室が設けられなかったという根本部分そのものである。

西尾署仮庁舎で逮捕手続のされる被疑者のために直ちに駆けつける弁護人が仮に一人でもいれば、本来的に、前記判例(2000年の方)により速やかに接見させる義務が生じるから、接見室がないでは済まされない(2005年の方は、適する部屋がない場合について検討を加えただけであり、適する部屋を作らなければ速やかに接見させる義務も生じない等としているものであろう筈もない)。
前記判例(2000年の方)以降は、逮捕手続のされる場所で想定される速やかに接見させる義務を果たすため、接見室を作る義務がある、と考えるべきだろう。前記判例を知りながら敢えて接見室を作らないとすれば、その場合、接見室に代替できる部屋があることが前提の筈で、敢えて適する部屋を用意せずに速やかに接見させる義務を拒むというのは背理である。
西尾署(仮庁舎)が、前記判例に従った処理を拒んだと言うことは、つまりは、そのような仮庁舎での執務を是とした愛知県警ぐるみで、判例に反し、速やかに接見させる義務を拒否することに問題を感じないという低劣な意識水準にある、というしかないだろう。適正手続の初歩の初歩と、判例法理を、何れも拒否するような輩に捜査を担わせて、手続保障が全うされるはずもない。

地方の一警察における、ちょっとした接見妨害事例、などと片付けて良い話ではない。
少なくとも県警全体で、速やかに接見させる義務を果たそうという意識が欠けている、と整理すれば、重大な問題である。

なお、愛知県弁護士会による改善申入に対し、県警本部からの回答は、
・接見室を作る予定はなく、しかし今後も西尾署での逮捕手続は行う、
・留置先での速やかな接見に配慮する、
というものであり、「面会接見」については事実上の拒否回答であったという。

現に13時間も初回接見が遅れた事案があるのに、反省がない。
「留置先での速やかな接見に配慮する」等というのはお題目に過ぎず、「1時間後に留置先で待ち合わせ」みたいな注文を西尾署が受け付けることなど有り得ないことは火を見るより明らかというものである。乗り込んで押し問答になり、取調べを中断する・しない、留置先への移動が可能か確認する・しない、等とばたばたとやっている間も、弁護人不在のままに手続が進むだろう。署に接見室があれば、速やかに接見させない言い訳が効かないことを思えば、接見室を作る予定がないとする態度の意味するところは見え透いている。やはり、刑訴法を遵守することは期待できない。

(弁護士 金岡)