元首相に対する銃撃事件を巡る日弁連会長声明が手続保障に触れるところがなく辞職ものであることは既に本欄で触れたとおりである。

では単位会の会長声明はどうか?というと、現時点で、長野、長崎、東弁、二弁の会長声明を拝読した。

何れの会長声明も、動機を濁してはいるが、一様に言論の封殺に言及している。人を殺害することは等し並みに言論を封じるだろうし、通勤途上を狙った殺人事件で労働の自由を封殺したとは言わないだろうことから、今回わざわざ「言論の封殺」を云々するのは、ほぼ動機の決めつけと言って良いと思う。一応萎縮効果的な言及に読めなくもない表現を用いた長崎はギリギリとして、他の3単位会はダメである。

他方、手続保障への言及については、東弁、二弁は言及があり、長野、長崎は言及がない。
東弁、二弁も、「選挙期間の応援演説中の政治家に対して銃器を使用してその生命を奪うことは、選挙における言論活動を暴力をもって封殺するものであり、民主主義の根幹を揺るがす暴挙」などと事実上、動機を決めつけているとしか思われないので、幾ら付け足し程度に手続保障を呼びかけても「煽っているお前が言うか」の感はあるが、言わないよりはまだましである。

前にも述べているとおり、こういう時にこそ、手続保障の精神をきちんと理解できているかが剥き出しになるのだろう。新聞片手に無責任な居酒屋談義をする次元で会長声明を出している単位会は、憲法31条以下をしっかりと読み直し、反省して、そのことを会長声明で発表するなりして出直した方が良い。
本欄は、決して日弁連会長なり単位会なりの浅はかさを揶揄する目的ではない。
我々弁護士は、どのようにして冤罪が作られていくか、痛いほど知っているはずである。教科書的に冤罪と知られている少なくない事件が、地元で犯人捜しが苛烈化し、事件解決を焦った捜査機関が軽微な別件をネタに無辜の市民を引っ張り、自白を強要して作られていったことを理解できない単位会ではあるまい。世間の空気が苛烈な時こそ、冷静に手続保障に拠るべきなのである。それなのに、一緒になって煽り、手続保障に言及ですらきないようでは、本当に世も末だと言うことを、きちんと議論し直して欲しいと心底、思う。

(弁護士 金岡)