余所から頂いた事案であるが、個人的には関心をそそられるものであった。また、裁判所、弁護人双方への警鐘ともなるように思われる。

事案としては、事実誤認と量刑不当の控訴に対し、審理不尽及び証拠能力が無い証拠を取り調べた違法があるとして、職権で破棄差し戻ししたものである(深沢裁判長)。

1.大まかな経過は次の通りである。
(1)事案は、被告人がABと共謀してVを足蹴にするなどの暴行を加え負傷させたというものであり、被告人は、
・足蹴りを否認。
・ABによる暴行は不知。
・手で叩いて怪我をさせたことは認める。
趣旨の認否を行った。
(2)弁護人も同調する意見を述べたが、弁護人の証拠意見では、V調書が(信用性を争うとはされるも)全部同意されたところ、同調書では被告人がABとこもごも顔面等を足蹴りをしたこと等が記載されていた。
(3)被告人質問では、被告人は、ABと同時に暴行を行ったことを明確に否定し、弁護人が同意した調書の供述人を嘘つきだとも主張した。
(4)弁護人は、最終弁論で、被告人は公訴事実を素直に認めており、争いが無いと述べた。
(5)その結果、原判決は公訴事実通り認定した(補足説明があったかは不明だが、高裁判決からは自白事件と扱われたように読める)。

2.高裁判決は、
(1)罪状認否の段階で趣旨を明確にさせる方が良かった、等としながら、一旦は同意された証拠採用をしたところまでを違法視は出来ないとしつつ、
(2)被告人質問で同意書証との核心的対立が判明したのであるから弁護人の同意意見は被告人の意に反するものであったことが強く窺われ、少なくとも最終弁論の時点で、弁護人と被告人の主張が完全に異なっていたことが判明していたのだから、被告人に証拠意見を確認し直す、証拠を維持するとしてもVらを尋問する等しなければならなかった、と判断して、審理不尽、証拠能力の無い証拠に基づく事実認定の手続違反を指摘した。

3.弁護人目線で見た場合、原審弁護人の弁護活動は不適切弁護と評価せざるを得ないだろう。
Vと被告人の主張の対立は明らかであり、このような場合、不同意意見を述べる以外の選択肢はなかろう。
確かに、「同意して信用性を争う」と述べて、被告人質問で自らの主張を提出させ、弁論で「被告人供述に反するV調書は信用性がない」と主張するようなやり方を見るときもあるが、はっきりいって、ほぼ通用しない。少なくとも被告人供述以外の然るべき弾劾方法なしには無謀である。
この点はおくとしても、最終弁論で認め事件だと言い出している時点では、流石にどのようにも擁護できない。
かたや裁判所目線で見ると、やはり最終弁論までは介入を控えざるを得ないのだろうか。罪状認否+V調書の取調べで、それが同意されるべきものでないことは明らかとなっていたように思われる。もし裁判所が「何かしらの戦略的事情があって、敢えて同意の上で信用性だけを争っているんだな」などと深読みするとすれば、前記したとおり、そのような戦略を選択肢扱いする必要もないのではないか、と思われるところであり、手続的には、この段階で弁護人と被告人に、本当に同意して良いのか、反対尋問権を放棄するのか、確認しても良いのではないかと感じる。

4.考えてみたいのは、もし弁護人が最終弁論で「被告人供述に反するV調書は信用性がない」と主張した場合である。証拠意見通りに信用性を争っているのだから、裁判所としては審理を尽くしたことにするのだろうか。
この点、高裁判決は、「証拠排除しない場合であっても、被害者等の証人尋問を行わなければいけなかったといえる」と判示している。とすれば、V調書の信用性を争う以上、反対尋問が手続的に必須だと、高裁判決は考えているのだろう。信用性を争うが反対尋問しません、などという訴訟活動があり得ないことを言外に評価したものだとすれば、参照する価値が高い。

5.最後に、控訴理由に、手続面の主張が含まれていなかったことは些か残念である。
審理不尽、証拠能力のない証拠に基づく事実認定、ついでに釈明義務違反、弁護権侵害あたりを並べるべき事案だったと思われる。
勿論、主として悪いのは原審弁護人であると見受けられるから、並べ方や論調には少しく気配りした方が良いかもしれないが。

(弁護士 金岡)