これは和歌山の事例(整理手続に付された)を提供頂いたものである。

とある専門的知見が争点となり、検察側鑑定人Aは手法Aによる鑑定結果を、弁護側鑑定人Bは手法Bによる鑑定結果を証言し、その後、対質尋問が予定されていた。
鑑定人Aの鑑定書では、手法Bについての言及は無かったが、尋問の8日前になり、検察官は弁護人に、「手法B特有の用語が記載された何かしらの表」を交付し、鑑定人A尋問において用いると告げた。事例提供頂いた当の弁護人によれば、上記表の意味は鑑定人Bにも理解できないが、とにかく手法Bについて何かしら言及するための資料だと思われたとのことである。

弁護人は、①証拠制限違反、②証言予定開示義務違反、③反対尋問権侵害を挙げて、尋問期日の取消し、再度の付整理手続を要求し、それが容れられないのであれば尋問期日は欠席すると主張した。
これに対し検察官は、刑訴規則199の10以下に基づく事前開示に過ぎないと反発、更に、「展開次第では鑑定人Aの再主尋問で用いる可能性があるもの」と釈明した。

以上の論争は、勿論、弁護人に分があり、欠席宣言を含め、弁護人の取るべき対応として全く正当なものと言うことが出来る。経過から考えれば、尋問期日8日前に新規に「手法B特有の用語が記載された何かしらの表」を持ち込むことが、証拠制限違反であり、かつ、証言予定開示を伴わないのであれば証言予定開示義務違反及び反対尋問権侵害を構成することは当然である。
なお、検察官の釈明内容を前提に、「場合により再主尋問で証言させる予定の内容」に止まるとしても、再主尋問の擬律が主尋問の例による(刑訴規則199条の7第2項)以上は、(後二者は無論のこととして、)やはり証言予定開示義務違反の問題にもなると解するべきである。

さて裁判所の対応である。
かの盛岡事件では、全く同様の展開において(但し本事例の弁護人が、「手法B特有の用語が記載された何かしらの表」の徹底排除を求めたのに対し、盛岡事件においては、追加される内容を弁護人に有利に用いる可能性も含めて検討時間を求めたという違いはある。・・盛岡事件では、最終的に有利に用いることが出来たので、それはそれで一つの正解なのである。)、裁判所は、検察官立証に対し何ら制限を課さず尋問期日も譲らなかったため、無責任な尋問入りを避けるべく辞任して手続を阻止するしか無かった(そのような乱暴な訴訟指揮をし、且つ、有罪の誤判を行い、その後の数年にわたり元被告人を苦しめた中島経太裁判長(当時)から、未だ、謝罪の一つも無いのは実に残念なことであり、「冤罪学」の観点からいえば誤判に対し向き合おうとしない裁判官の体質が如実である。)。さて上記事例ではどうか。

裁判所は、異例にも「進行所見メモ」を発出して、訴訟指揮の予告をした。
曰く、(1)鑑定人A尋問において、「手法B特有の用語」に関する主尋問は認めない。(2)鑑定人Aへの反対尋問において「手法B特有の用語」に関する尋問がされない場合は、再主尋問においても「手法B特有の用語」に関する尋問は認めない。対質、補充尋問においても同様とする。(3)逆に反対尋問において「手法B特有の用語」に関する尋問がされた場合は、展開次第で区々になるが、いずれにせよ「手法B特有の用語が記載された何かしらの表」は認めない。と。
裁判所は、このように弁護人の全面的に同調して、弁護人に公判期日への出席を求め、無論、弁護人もそのような訴訟指揮を受け容れたという顛末である(鑑定人Aが、うっかり手法B特有の用語を口にしてしまう展開もあったようだが、裁判所は約束を守り証拠排除した由。)。

このように毅然とした対応の出来る弁護人がどれくらいいるだろうか。
日頃から手続法をよく学び、有事に備えて果敢に行動できる資質の涵養がされていれば容易であるが、遺憾にして「ここまでやるのは限られた特殊な層」と受け止められるのでは無かろうかと心配する(盛岡事件に関する処置請求事件における愛弁の当時の刑弁委員会の執行部からして、「粘り強く抵抗した上で最後は折れるべき」という姿勢であった)。
この事件は、争点に関して弁護人の主張が通り、鑑定人Aの証言の信用性が否定され、争いある公訴事実について無罪判決がされている。もし弁護人が「最後は折れる」類いであれば、展開は逆だったかも知れない。
おそろしいことである。

(弁護士 金岡)