最近、盲点だったと思って調べている件である。
某大手MLに投稿したものの、誰からも経験談が出てこないところを見ると、刑訴法170条・157条2項は完全に死文化しているものと思われる。
しかし、それは許容できないことである。

【1】
さて、刑訴法170条・157条2項の説明から。
刑訴法170条は「検察官及び弁護人は、鑑定に立ち会うことができる。この場合には、第百五十七条第二項の規定を準用する。」とする。
準用されている法157条2項は「証人尋問の日時及び場所は、あらかじめ、前項の規定により尋問に立ち会うことができる者にこれを通知しなければならない。但し、これらの者があらかじめ裁判所に立ち会わない意思を明示したときは、この限りでない。」とする。

要するに、弁護人は鑑定に立ち会え、立会の機会を逃さないため裁判所には日時場所の事前通知義務があるということである。
・・しかし、私も少ないながら精神鑑定が本鑑定にもつれた事案の経験はあるし、最近では裁判所が薬毒物の分析を鑑定に付す事案も複数経験しているところ、このような事前通知を受けたことはなく、恥ずかしながら立ち会えるはずだ!という問題意識すらないまま過ごしていた。

【2】
その原因は大審院判例にまで遡る。
大審院判例昭和10年7月25日が、「(裁判所が)自ら立会を為すの必要なしと認め立会を為すべき日時及び場所を定めざる場合に於いて」法157条2項の通知義務はない、としているからである(ご丁寧なことに、訓示規定だから通知義務違反は鑑定の証拠能力等に影響を与えないという裁判例もあるが、それは割愛)。
なお、旧刑訴法には、(何れも条文番号は異なるが、)現行法170条とほぼ同じ条文があり、法157条2項の方は、但し書きは異なっているが本文は酷似する。

上記大審院判例が、(裁判所の立会権自体を謳った条文でもないのに)「(裁判所が)自ら立会を為すの必要なしと認め」としている意味は、現状、分からない。「裁判所が自分で立ち会うことを要しない」という意味なのか「裁判所が主体的に、検察や弁護人の立会を要しないと決定した」という意味なのか、どちらなのか・・どちらでも、おかしなことである。
前者なら、裁判所の立会など予定されていない筈であり、おかしい。後者なら、言葉としても通りが悪い上に、当事者が決定すべき立会を裁判所が勝手に不要ならしめるという越権行為であり、やはり、おかしい。

強いていえば、(旧刑訴の構造には詳しくないのだが)旧刑訴的な裁判所の立ち位置で「裁判所は当然に立ち会えるけど」の含意であろうかと思われるが、そうだとすると、その前提が失われている現行刑訴法に、この判例が活きていると考えるのは難しかろう。裁判所が立ち会うついでに、弁護人・検察にも立ち会わせてやる、という旧刑訴の構造と、当事者主義に基づき弁護人・検察が主体的に手続監視を担う(裁判所は寧ろ監視される側の)現行刑訴法とは全く異なるからである。
この辺は、研究者の発言を待ちたいところである。

【3】
本題に戻る。
精神鑑定を念頭に置いた時、法170条の「鑑定」(これは鑑定意見形成のための事実収集行為を意味するようである)に、被疑者被告人の問診が含まれるのは当然だろう。この問診が「鑑定」でなければ、「鑑定」に該当する中身は凡そ無くなる。
従って、精神鑑定に対し法170条を活用できれば、被疑者被告人の問診に立ち会えるようになる。近時は、鑑定医の問診に対しても黙秘権を行使すべきとの弁護実践も、まま見受けられるが、それをより実効的なものにする上で、弁護人の立会は有効である。

また、薬毒物の分析やDNA鑑定でも、鑑定資料の取り扱いや、ワークシートをどのように作成保存しているか(まさか鉛筆で記入していないだろうな、とか)など、立ち会うことで無用な争点を減らすことも出来よう。

このように考えると、法170条の立会を活用する恩恵は相当にありそうである。

【4】
問題は、冒頭で述べたとおり、私を含めた大方の刑事弁護士が、法170条の立会を活用したことがないことであるが、その原因は裁判所が一切、日時場所を通知してこないからである。より言えば、裁判所は、前掲大審院判例に囚われた上に、拡大解釈して、「鑑定への立会権保障は一律で不必要」と考えている節がある(裁判所は「毎回、個別に判断している」と言うかもしれないが、「毎回、個別に判断した」結果、取り調べへの弁護人の立会事例が0の検察庁を思えば、それがくだらない言い訳であることは自明である)。
しかし、「鑑定への立会権保障は一律で不必要」というのは、法170条を勝手に廃止しているに等しく、許容できない。法170条の趣旨は鑑定の公正のためであるとされるのだから尚更である。譲っても、前掲大審院判例に則り、事案に即して立会の要否を判断することが必要になるはずである(私の意見は、前掲大審院判例は最早、現在に通用しないというものである)。

そうすると、我々のなすべきことは明らかである。鑑定事案では、毎回、法170条の立会権を行使すること、法157条2項の事前通知を行うよう要求することである。
訓示規定であることは、「わざと怠って良いこと」を意味しない。単に制裁がないというだけで、それはれっきとした権利侵害である。

こうやって実践を積んでいけば、これといった事案で国賠を起こすことも可能になるだろう。そうやって裁判所と対峙し、怠惰な、濫りの法の廃止の如きを許さず、法170条を復活させよう、というのが、今回の提案である。

(弁護士 金岡)