前回は、単に尿中覚醒剤成分濃度が「濃い」という立証には、「濃い」というのが相対的な概念でしかないことから、何との関係でどれだけ濃く、それがどういう意味を持つかが具体的に論じられていない限り、自然的関連性も法律的関連性もなく、これを許す方がどうかしている、ということを指摘した。
さて、そもそも濃さを論じるならば、当然、濃度という数値の特定も必要になる。
しかし、「濃い」と宣っている鑑定機関がきちんと濃度を測定しているのかというと、全くそのようなことはなく、更に悪いことに、刑事裁判側から濃度の数値を要求することも、その測定に必要な科学的資料の開示に意を用いることも、殆ど行われていないのではないかという危惧がある。
尿中覚醒剤成分が検出された場合に、その濃度を測定する方法は複数あるようだが、私が学べた範囲で言うと、濃度が既知の標準試料(要するに一定の濃度になるよう調整して作成した覚醒剤水溶液)を複数用意し、クロマトグラフ解析により、それぞれのピーク値の高さ若しくは面積(これは解析機器が自動的に算出してくれる)を得て、濃度と数値を縦軸横軸にとって検量線を引く方法である。濃度が既知の標準試料複数を結ぶ検量線が引ければ、正しい比例関係にある前提に立つことが許され、そこに鑑定資料である尿の解析結果であるピーク値の高さ若しくは面積を検量線上に点描し、比例計算でそれに対応する濃度が目的の数値となる。
しかし、私の経験上、標準試料を複数用意して検量線を引いて濃度を測定してきた鑑定人を見たことがない(裁判所による本鑑定の場合を除く)。既知の濃度の標準試料を一つだけ用意し、そのピーク値の高さ若しくは面積と、当該尿のピーク値の高さ若しくは面積との比を取り、そこから鑑定資料である尿の濃度を算出しているものばかりである(ひどい鑑定人になると、標準試料すら作らず過去の標準試料データを使い回している人物までいた・・そのことは、本欄2021年8月13日で報告した)。
これでは、それが正しい比率なのか、作業のブレによる誤った比率なのかを検証せず(その検証が検量線による方法である)、にも拘わらず正しい比率であることを前提にしている時点で、科学的に不正解である。
仮に、標準試料を一つしか用意していない鑑定人が「濃度は“濃い”です」と報告したところで、その非科学性故に、そんなものを同意することは許されない。
刑事裁判側が、このような科学知識に関心を持たないことも、勿論、問題である。
仮に「濃い」という立証に対し、科学的に裏付けを得るためには、さしあたり
・当該解析作業のローデータ全て(純水、尿、標準試料)
・標準試料の濃度設定
が開示されなければならないが、ローデータ全てを開示させても、標準試料の濃度設定は不明で、別途、開示請求しなければならない。そしてどちらも検察庁には基本的に存在しないため、補充捜査なり公務所照会で取り寄せる必要があるが、果たしてどれだけの弁護人がこれをやっているのかは、もう全く心許ない限りである。
昨年、交代で受任した覚醒剤自己使用事件は、知らずに摂取した可能性が争われて鑑定人尋問まで終わっていたが、呆れたことに、濃度が話題になっているのに具体的な数字一つ、証言に上らず、勿論、弁護人の引き継ぎ資料に、ローデータや標準試料の濃度設定に関する資料は含まれていなかった。
当該鑑定人の証言の一部を引用すると、こんな風である。(標準尿は、標準的な覚醒剤使用時の尿、の意味では「なく」、クロマトグラフ解析に用いた標準試料のことで、経験的には0.5㎍/mlに調整された覚醒剤水溶液である)
「標準尿のフェニルメチルアミノプロパンの濃度から数十倍の濃度だったので、濃いという風に判断しました」「ピーク面積って、面積値が出せるので、そこから判断してます」
言っていることは、(検量線による方法を用いず、標準試料を一つしか用いていない点で科学的に見れば明らかに不可だが)分かるけれども、「標準尿」(標準試料)の濃度設定が明らかにされていないので「なんの何十倍なのか」も分からないし、「なんの何十倍か」が分かったところで、標準試料の数十倍というだけだから何の意味もないし、あたかも標準的な覚醒剤使用時の尿(そんなものは定義されていないが)に想定される濃度の数十倍と誤解させかねない点で害悪でしかない、一体何の冗談かという話である。
法曹三者が、このような無知丸出しの、非科学的にして無意味な尋問を畏まって拝聴し、真実発見のための審理だと嘯いているのだから、笑いを通り越して空恐ろしさを覚える。
とまあ、色々と書いてきたが、「尿中覚醒剤成分濃度が濃い」という立証には、多岐に亘る問題点があり、これを然るべき証拠開示作業もせずに同意する弁護人も、何との対比でどれくらい濃く、その濃さがどのような意味を持つのかを究明しないまま証拠採用する裁判官も、無知の極み、落第だ、ということである。児戯に等しい、とはこのことで、それは裁判とは呼べない。
(2/2・完)
(弁護士 金岡)

















