本欄でも何度か言及しているとおり、現代の捜査弁護における取調べ対策の潮流は、身体拘束の有無にかかわらず、取調室に入る理由があるかどうかを検討し、弁護人として責任ある情勢分析、助言を行うところに来ている。
逃亡を疑うべき相当の理由などと難癖を付けられたくないので、出頭はする。しかし、取調室に入るかどうかは、必要性、相当性に基づき検討することになる。それが現代の考え方の基本であろう。

という考えに基づき、先日、名古屋地検に出頭同行した。
予め、弁護人同席を求め、拒否され、それなら取調室に入らない選択が濃厚だということを断りつつも、それでも出頭要請が維持されれば、足を運ぶことはする。

気になったのは、そこでの検察官(中田検察官。下の名前は知らない。)の言辞である。
被疑者に対し、「終局処分を行うのに、あなたの言い分を聞かないままで良いのか」と発言しておられた。
一見すると、不利益処分前の告知聴聞機会の説明である。
しかし、それが「弁護人同席のままでは告知聴聞が出来ない」という言い方になっている点は、看過できない。
弁護人同席は弁護人選任権に基づくものであるから、被疑者の人権であり、告知聴聞機会の保障と引き換えにされるようなものではない。仮に中田検察官が本気で、取調べが不利益処分に対する告知聴聞機会という被疑者の権利保障だと考えているなら、それを弁護人選任権保障の下に全うすれば良い(というかそれが検察官の法的義務になる)だけであり、弁護人同席を放棄して告知聴聞して貰いなさいと迫るのはおかしかろう。この検察官は、自分が何をしているのか、よく分かっていないのだと思う。
・・まあ、言ってしまえば、検察官が本気で、取調べが不利益処分に対する告知聴聞機会という被疑者の権利保障だと考えているなどと言う、お伽噺を、誰も信じはしないだろうが。「弁護人同席を求めると告知聴聞を放棄することになるのは自己責任だ」と言わんばかりの脅し、責任転嫁を行っているに過ぎないことは、子どもでも分かると思う。

なお、中田検察官曰く、「この事件だけ同席というわけにはいかない」ということである。つまり、全件、同席を拒否しているということであるが、それは法務省の国会答弁(検察官の裁量判断)に反している。
国会では綺麗事で、認めるかどうかは事案次第で検討というが、これもまた、弁護人は誰一人、信じない、お伽噺の類いである。現場は全件一律拒否という、裁量ゼロで出来ており、事案毎の同席許否の判断など、一度もされた試しはないのだ。

このようにみると、検察庁は明らかに、時代の動きから取り残されている。その宿痾が、特別公務員犯罪として次々と立件される憂き目である。
蛸壺に閉じこもらず、外部に教えを請い、抜本的な体質改善に着手しなければ、その不祥事体質は益々、悪化するだろう。個人的には、弁護士会の研修に、裁判官や検察官を招いても良いと思う。心ある方は、きっと得るものがあるだろう。

(弁護士 金岡)