どちらも良くある話ではあるのだが、妙に癇に障ったので書いておく。

その1。
裁判官曰く「第1回公判前の打合せはしない主義だ」と宣う。
それはお好きにどうぞだが、こちらもきちんとした証拠開示を受けるまでは証拠意見を出しようもなく、その段階で冒頭陳述まで進めるわけにもいかない(なんとなれば、きちんとした証拠開示無しには、出すべき異議を出せないかも知れないからだ)。それなのに第1回公判を開くの?却って効率的な進行を阻害しているでしょ?という睨み合いになっている。
裁判官曰く(私選受任段階で既に差し支えだった)第1回公判期日を現時点では取り消さないという(こちらからみれば蟷螂的な何かだが、強権を振りかざしているおつもりなのだろう)。このまま睨み合いが続くと第1回は弁護人不在なので開廷すら出来なくなるのだが・・不合理な主義を押し通して本末転倒となっても平気なのだろうか。
お山の大将と言うよりは、猿山の大将という所だろう。

その2。
こちらは民事だが、証人尋問後に最終準備書面を出そうと要望するも、結審すると言い張る。その腹は見え透いていて、要するに最終準備書面を待つと年度替わりの異動にさしかかり事件が停滞するから嫌なだけだろう。
最終準備書面を陳述する必要性について、それなりに理を説いたつもりだが翻意頂けなかったので、やむを得ず忌避すると申し立てた。証人尋問から導かれる事実認定を虚心に受け止め、判決中できちんと議論することに向き合えない裁判官など、ものの役にも立たないことは明らかだろうからだ。
すると、「相談ですが」と、年度替わりにかからない日程で最終準備書面を陳述する期日を調整したいという。調整後、「忌避もなかったことに出来ませんか・・」と。最後の最後で翻意されたので、当然、忌避は撤回したが、さすがに「なかったこと」にまでは出来ないので、それは謹んでお断りした。
なんとも尻腰の立たない訴訟指揮ではあった。

自分の主義や都合で強権を振り回しても、なにも良いことはないと思うのだが、彼らの無様さを見ているとがっかりする。
大方の法廷で、お山の大将を気取り、甘やかされたツケでもあるのだろう。

(弁護士 金岡)