本日、名古屋地裁において、「毛髪宅下げ国賠」で勝訴した(地裁民事8部合議係、桃崎剛裁判長)。

事案は、弁護側で独自に依頼者のDNA鑑定をし直すべく、名古屋拘置所収容中の依頼者に毛髪の宅下げを指示したところ、名古屋拘置所長が宅下げ申請を不許可にしたことについて、弁護権侵害と捉えて提訴したものである(従って私自身が原告)。
一見すると、どこに問題がある宅下げなのか、見当もつかないのではないかと思われる。証拠物として扱われ得る自身の毛髪を、DNA鑑定のため、弁護人に受け渡す、何が問題なのか。
一つ伏線があり、私は当初、名古屋拘置所に協力を求めた。専門業者のキットを差し入れる等して依頼者の体細胞を採取したいので方法を相談したいと。しかし、名古屋拘置所はこれを拒否し、やむなく宅下げ指示に至ったのであるが、それも妨害された。そこで国賠に発展してしまったのである。

国側は、当初、毛髪は「宅下げ対象の保管私物ではない」と答弁した。曰く、離脱した体毛が法に言う「物品」なら、抜け毛を全部、領置するかなにかしなければならない等という、 目を覆いたくなるほど(耳を塞いで逃げ出したくなるほど)幼稚な主張であった。
裁判所からも、宅下げ対象であることを前提に反論を提出するよう指示が出された。

そこで国側は、今度は、「大量の毛髪の検査で拘置所業務に支障が出る」「他人の毛髪を宅下げることで罪証隠滅行為に繋がる」等と主張しだした。金岡の如き弁護人が我も我もと毛髪宅下げをやり出したら大変なことになる、と言う主張まで展開した。
しかしこれもまた、幼稚な主張である。裁判所が一蹴したのも当然である。
弁護側独自のDNA鑑定は、かの足利事件のように、雪冤の手段となり得る。それを一切認めない国側の主張(後述する信書に同封する方法も、国側は認めていないと主張した)が説得力を欠いたのは当然のことである。

名古屋地判は、本件毛髪宅下げが「弁護を尽くすために重要な権利行使であった」とした上で、そのような権利の制限は「刑事施設の規律及び秩序を害する結果を生ずる具体的なおそれがある場合」に限られるとして、国側が「具体的なおそれ」を主張立証出来ているとは言えないと判断の上、国側に損害賠償を命じた。
施設管理を盾にした刑事施設の横暴を「具体的なおそれ」論により制限することは、近時の裁判例の潮流であり、これに与する適切な判断であったと言える。

本訴を通じて感じたことを3つ、述べておきたい。

1.被収容者が弁護側の独自の鑑定のため、鑑定資料を宅下げ出来る実務を整備する必要がある。
今回、私は拘置所に協力を求め、すげなく断られたのであるが、弁護側協力医が心理検査に要する検査器具を差し入れることについては、既に実務的に確立している。鑑定資料採取キットは、市販されているような定型的なものがあるのだから、現場が混乱しないよう、実務を整備することは容易だろう。
参考までに、本訴に際し取材した結果、分かったこととして、弁護側の独自の鑑定の鑑定資料は、毛髪の場合、「信書」に同封して弁護人に届けられているのではないか?という点がある(なお、さる高名な刑事弁護士からは、「代用監獄の依頼者の尿をタッパーで宅下げした」武勇伝と言うべき事例を(証拠付きで!)紹介されたが、これははっきり宅下げである。)。国側の答弁によれば、かの足利事件からして、毛髪宅下げを許可したはずはない、というのである。しかしこれが事実だとすれば、折角の鑑定資料が汚染されかねない、危うい遣り方である。資料汚染があれば、それこそ刑事裁判の事実認定を誤らせかねないのであり、きちんとした採取体制を確立する方がよほど、賢明である(私の試みた、「チャック付きビニール袋による宅下げ」であれば、汚染の可能性はかなり低くなるだろうが、専用キットが最も良かろう)。

2.第1審判決まで提訴から1年半を要した。
前記国側の主張は、どれもこれも愚にもつかない幼稚な主張である。そもそも宅下げの対象でないと言い切って訴訟に臨んだ時点で、敗色濃厚だという判断くらい出来たのではないか、と思う。
このような場合、いさぎよく謝罪し、改善を約束するような態度は取れないものだろうか。以前御厚誼頂いていた、やはり高名な刑事弁護士からは、国賠訴訟の第1回期日後、国側の指定代理人が頭を下げて非を認めると約束したような出来事を経験したと教えて頂いたことがあるが、幼稚な反論で失笑を買うより、潔く非を認める方がよほど好感を持てるし、信頼回復の早道だと思うのだが。

3.国側からは、毛髪宅下げにより弁護権が全うされることへの配慮はなかった。
被収容者処遇法31条は、「未決拘禁者の処遇に当たっては、・・・その防御権の尊重に特に留意しなければならない。」としている。そうすると、防御権の発露たる独自鑑定について、(私の遣り方を否定するのであれば当然に、)代替案を出すべきだったはずである。
しかし、国側からは、遂に、そのような解釈論は示されず、毛髪宅下げを許可することは有り得ない、ついでに信書に毛髪を同封することも認めていない、という一点張りであった(それどころか、毛髪の外部交付が毛髪すり替えによる罪証隠滅に繋がるという前述の珍説や、DNA鑑定精度が高まっている現代において弁護側が独自に鑑定を行っても無駄、といった主張まで飛び出したのが実際である)。
ここまでくると、施設管理に偏していると言うよりは、それを越えて、刑事弁護に対する敵意のようなものを感じてしまう。指定代理人(訟務検事)は、国の私益を代理しているのだろうか、それとも公益を代表するのだろうか。どのような理念の下に、このような応訴態度だったのか、理解に苦しむし、一法曹として、とても情けない思いである。国側指定代理人も、法曹であるなら、法治を回復すべく過ちを改めることを憚るべきではないだろう。

(弁護士 金岡)