【2019年9月12日加筆】 担当弁護人の許諾を得て裁判官情報等を顕名化する等した。

知人から紹介された名古屋高裁2019年6月24日判決(堀内満裁判長)について。

事案の概略はこうである。
① 被告人はB事件で起訴され共謀を争っている。
② B事件の共謀を推認させるものとして、先行するA事件がある。
③ 検察官はAB両事件に関与していた(証明予定事実記載)Wを証人請求した。
④ Wの立証趣旨は「共謀状況、共同犯行状況等」である。
⑤ しかしWの証言予定事項でA事件への言及は全くなかった。
⑥ 検察官はW尋問でA事件について質問を開始し、弁護人が異議を述べた。

弁護人の異議(⑥)理由は、「主尋問の範囲を超えている」である。A事件についてのW証言の事前開示がない(⑤)以上、A事件部分は請求されなかったと扱うほかなく、A事件への言及部分を「主尋問の範囲を超えている」と表現することは理解できる(他方、私であれば、立証趣旨上は含まれていたとしても、証言予定開示義務違反があるから違法であるとして異議を出すところだろう)。そして、実際上、A事件部分について不意打ちされ、反対尋問準備は出来ないから、異議を申し立てたのは当然の対応である。
然るに担当裁判官(名古屋地裁所属、齋藤千恵裁判官)は、異議を棄却した。その理由は、証明予定(③)や立証趣旨(④)から、A事件への言及は優に想定できる、というものである。

控訴審での争点の一つは上記の訴訟手続の法令違反である。
高裁判決は、「(証言予定開示制度は)弁護人の防御権を保障するためである。・・・(③や④の事情があるからといって、弁護人が、W証人がA事件に関し、)具体的にどのような証言を予定しているかまでを当然に知り得るわけではない。両者は別問題である」、として、原審裁判官の証拠判断を違法とした。

以上の引用に係る高裁判決の判示は、どこにもおかしなところがなく、当たり前すぎるほど当たり前である。
本欄でも、検察官の証言予定開示義務違反に端を発した揉め事は何回か取り上げているが、そもそも請求しないと証言予定を開示しようとしない検察官、数項目の尋問事項みたいなものを開示して足れりとする検察官、抽象的な評価に終始し具体的な事実関係を開示しようとしない検察官、打ち合わせの度に補充を繰り返す検察官など、現場の水準はかなり低調である(他方で、弁護士側にも、未だに証言予定開示制度があることを知らず、開示を受けないままに(この場合、開示義務違反の責問権が放棄され瑕疵が治癒された扱いになろう)尋問に突入する輩を、まま、見受けるところであるが)。
今回の高裁判決のように、「防御権保障のためである」「具体的な証言予定を知り得る保障が必要である」と、すっきり整理することは、当たり前すぎるけれども、基本を実践しており、大切なことである(そして、この基本すら理解しないまま訴訟指揮をしている裁判官がいると言うことは実に実に恐ろしいことである)。

敢えて教訓じみたことを引き出してみたい。

この弁護人は、W証言でA事件への言及があると予想したのかどうか。それは御本人に聞かねば分からないが(9月12日註:完全に予想外だったとのこと)、予想した上でA事件の証言予定開示がないことを踏まえ、異議で証言を阻止するという戦術を採用したのかも知れない。

この戦術は、魅力的ではあるが、かなり危険である。
第一に、原審裁判官のような、刑訴法の基本のキの字も理解していない裁判官に当たると、悲惨なことになる(なお、控訴審判決は、訴訟手続の法令違反は認めるも、当該W証言を取り除いても有罪判決は変わらないとしたが、本来排除されるべきW証言を熟読してしまった控訴審裁判官が、原審と同じ心証に至ることは自然であり、同じ心証に至った以上、W証言を排除してもなんとか同じ心証のままでいたいと思うのは人の性であるから、このお馴染みの判示には相変わらず、「結論先にありき」の、いかがわしさを覚える。せめて該当証言を排除した上で白紙の心証の裁判体に判断をさせ直さなければ、納得は得られないだろう。)。
第二に、もう少しましな展開でも、直ちに証言が禁じられるわけではなく、せいぜい、この高裁判決が言うように「A事件に関する証人Wへの尋問をどうするかについて当事者と協議するなどして、原審弁護人への不意打ちを回避するための策を講ずべきであった」というだけである。もしも、W証人が何番目かの登場であり、かつ、関連し合う主尋問一括方式を採用していないとすると、既に弁護人の反対尋問戦略がネタバレし、続行期日ではW証人に対策されると言うことも、考えておかねばならない。
以上のように考えると、上記の戦術は危険である。

従って、整理手続段階で、証明予定と証言予定開示の齟齬を求釈明し、埋めさせる手立てを尽くす方が無難と言うことになる(そのようにした挙げ句が、期日直前に証言予定が補充されるも、尋問期日の延期が認められないという、本欄本年8月6日付け「横暴な訴訟運営事例集」【3】のような悲惨な顛末に至ることもあるが・・事例【3】の裁判官も又、証言予定開示制度が防御権保障のためであり、不意打ち回避は勿論、防御権が保障されるよう訴訟指揮をしなければならないという基本が分かっていない「だけ」であるから、当たり外れの問題ではあるが、このような方針自体が危険だというわけではない)。
時間はかかるし、検察の不手際をこちらで埋めると言うことも実に馬鹿馬鹿しいが、依頼者の防御権保障を全うするためにはやむを得ないと割り切るしかない。今回の高裁判決のような判断でも、実際に(尋問準備不十分なまま)証言が出てしまえば最終的に救われる可能性が下がる。そうなるくらいなら、現状、尋問準備を十分にすることに腐心するしかないのだろう。

(弁護士 金岡)