本稿は、本欄本年5月10日「検察もひどいが弁護人も輪をかけて・・」の後日談である。なお、証拠開示勧告が出された控訴審は現在も係属中である。
(過去記事)
https://www.kanaoka-law.com/archives/1763
https://www.kanaoka-law.com/archives/1764
https://www.kanaoka-law.com/archives/1765
さて、第1審弁護人は、控訴審弁護人である私からの問い合わせに対し、要旨、整理手続請求が却下された以上は、弁護人は、類型証拠や主張関連証拠に該当する証拠の開示申入れを当然に行わなければならないものではない、等という、とんでもない説明をし、それ以降も、凡そ御自身のしでかした行為(唯一の直接証拠たる検察官証人の、録音録画を含む全供述過程の開示が極めて不十分なままに尋問に突入)の問題性を否定し続けた(本当に理解していないのか、責任追及を免れるために突っ張り通そうとしたのかは分からない)ため、当方では、紛議調停により、この問題の解決を図ることにした。
この水準では、手段債務としての善管注意義務違反は十分に成り立つと思われ、従って訴訟にする選択肢も考えられたが、訴訟は迅速さを欠く上に、更なる反発を招くだろうから依頼者にとって必ずしも得策ではない(妥協的解決により実入りが減るとしても)。
またもし、第1審弁護人に本当に問題性が理解できていないのであれば、反対当事者に対する敵愾心から冷静さを欠いた反発を続けさせるよりも、弁護士自治の理念に則り、弁護士会からの教育的指導も相俟っての問題解決が、双方にとって得策かもしれないと判断したからである。
紛議調停を申し立て、改めて、どういう了見から、唯一の直接証拠たる検察官証人の全供述過程の開示が極めて不十分なことが見え透いているのにそのまま尋問に突入したのか(不十分さを看破できなかったのか、不十分だと分かりながら突入したのか)等を問題としたところ、第1審弁護人は、例えば次のような反論を提出した。
曰く、「検察官が開示に応じるかどうか分からないなかで、どこまで検察官の態度を追及するのかは弁護人の裁量の範疇」、「(再度の整理手続請求は)「訴訟遅延や妨害行為とも評価されうる」、「証人が証言を変える前の証言内容は証人の供述調書という形で開示されている(から録音録画媒体の開示を受けなくとも問題はない)」・・等々。
上記のような主張は、なんと言おうと、本当にあってはならない主張の羅列であり、こちらも思わず、「相手方らに対しては、申立人らの主張内容を十分に吟味し、本当に、反省すべき点がなかったと言い張るのか、改めて考えて頂きたい。」、「『供述録取書の開示不足を追及しないのも自由である』とか『録音録画媒体を見なくても供述録取書があれば十分」』などというのは、相当に恥ずかしい主張であり、本当にそのような考え方に基づいた弁護活動をされたというのであれば、それ自体が最早、不祥事」等と、強く批判を展開せざるを得なかった。
幸い、紛議調停の審査体は、相手方らに十分な証拠開示に進まなかった理由を具体化させた上で、やはり証拠開示活動に問題があったのではないかという趣旨の示唆をしたようで(この間の経緯は、別席調停なので、一言一句は不明である)、審査体から公判弁護着手金の全額返金という調停案が示され、その線で解決することとなった。
反対当事者からでは反発もするだろうが(専門家たるもの、誰からの指摘であっても、理があることには服する弁えを持つべきだとは思うけれども)、弁護水準について一定の識見の期待できる審査体からの促しがあれば、流石に受け入れざるを得なかったというところだろうか。
なお、合意された調停条項には、口外禁止条項が付されながらも、若干特殊な項目が付されている。
まずは1条「申立人ら及び相手方らは、第一審の証拠開示の中で、担当検察官から開示が得られなかった証拠の中に、重要な証拠が含まれている可能性があることを確認する。」及び7条「相手方らは、・・被告(控訴)事件の刑事手続において、本和解の存在及び内容を開示することを認める。」。
これはつまり、口外禁止条項がある中でも、第1審弁護人が証拠開示不足を自認し、つまり実質的弁護の手続保障に悖るところがあったところが公証され、それを刑事事件控訴審弁護に活用することを認める条項である。1条の表現は相当に丸められているが、趣旨は伝わるから良しとした。
次に8条「相手方らは、利害関係人が、本和解の存在及び内容について、匿名性に十分配慮し、かつ相手方らを誹謗中傷しない表現によリブログに掲載することを認める。」。
利害関係人=私である。
これにより、口外禁止条項がある中でも、本記事を書くことが出来たわけである。
この条項(の原型)は第1審弁護人側から提示された。要するに、過去記事が知られているということである。勿論、誰に読まれても構わないよう慎重に慎重を期して文章を練るようにしている。
(弁護士 金岡)

















